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2006年 09月 13日

国際協力について(2)技術移転

ODAの中の国際協力において技術移転という項目があります。経済大国であり、進んだ技術を持っている日本ですから、開発途上国に対する技術移転は大きな援助になるものでしょう。国際協力不要論という観点から見た場合でも、日本国として開発途上国から技術指導や技術移転を求められて拒否するということはできないでしょう。

ただ技術移転が的確に有効になされたかどうか、これが重要なポイントですね。円借款の場合、あまり感謝されていないと書きましたが、技術移転の場合は被援助国からの感謝は大いに期待できそうです。技術移転はお金の動きというよりも専門家などの技術者によって実行されるものだからです。この実行機関がJICA(国際協力機構)です。JICAの有名な活動として海外青年協力隊というものがありますが、これは今回のシリーズでは除外しておきます。

さて、この日本の技術移転に対してこれまでにさまざまな批判がなされています。円借款でもそうですが、援助した結果が有効に利用されていない、供与した機材が使われていない、このような問題が指摘されたのです。過去を見てみると、日本が経済成長を謳歌し、国際協力の金額が米国を抜いた時期があります。国内を見ても、「箱もの行政」という言葉がありました。

技術移転の方法にはいくつかの種類があります。ソフトだけの技術移転では限界があるので、機材を供与してその上でノウハウを技術移転していくというものがあり、そこに「箱もの行政」のような建物や機材を供与して技術移転を行った例があります。建物や機材だと援助というものが目に見える形をとるので、ハード志向の強かった日本の文化にはぴったりしたものだったのです。

ちょっと話が逸れますが、私は、コンピュータが普及するまでは日本は徹底したハード志向だったと考えています。コンピュータでもプログラムなどのソフトはおまけという時代が結構長かったと思います。今では逆転しているものもありますね。例えば普通の携帯電話ならハードは無料というものが極端なものでしょう。開発途上国では未だに携帯電話は高価なものです。

スーパーファミコンの場合でも、ゲームが立派なカートリッジに入れられているのはお金を出す両親のためと言われたくらいです。遊んでいる子供たちにはカートリッジなんて重要なものではないのですが、肝心のお金を出す両親がハード志向の頭なので、粗末なカートリッジに入ったゲームソフトにはお金を出してくれないという考えがあったのです。

こういう時代背景ですから、国際協力における「箱もの」は比較的安易に実行されたのものと、私は考えています。その結果として、高級な機材が供与されたものの相手国の教育水準、技術水準が追いつかず、日本人専門家の技術移転の苦労にも拘わらず、活用しきれない、最悪の場合は使われていないというような事態に至ったのだと思います。

こういう「箱もの」の援助は見直されたので、既に昔話ですが、現在はよりシビアに本当に役に立つ技術移転というものを考え、実行しようという動きになっています。

しかし、技術移転という国際協力にはさまざまな問題があることも事実で、残念ながらすべてがうまく実行されていると言い切ることはできません。JICA(国際協力機構)では、有効な技術移転のためにということで、さまざまな試行錯誤が行われていると言っても間違いではないでしょう。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-13 06:42 | えるだまの観察
2006年 09月 12日

国際協力について(1)円借款

これから少し日本の国際協力について考えてみたいと思います。ご存知のように、私は12年間に渡りこの分野で仕事をして来ているので、それなりには現状を知っているつもりです。変革の進む日本、その中での国際協力について改めて考えてみたいと思います。

まず、国際協力が必要なのかどうかということから始めないといけないでしょうね。外交が大事であることは論議の必要もないでしょう、現状がいいか悪いかは別にして外務省の役割というものは重要なものだと思います。となると、日本の国際協力不要論から考えてみるということも一つの方法かも知れません。

日本の戦後復興で、ワールドバンク(世界銀行)が多額の支援をしたことはよく知られていることでしょう。日本のODA(政府開発援助)の一つにJBIC(国際協力銀行)による円借款事業があります。これは数十億円のような巨額を低利で長期の緩やかな条件で開発資金を貸付けるものです。インフラ整備のためには巨額の投資が必要となるので、これは大きな援助の一つだと思います。

ところで、こういう低金利の借款を行う機関としては、ワールドバンクの他にアジア開発銀行というものもあります。そして、そこへ多額の資金提供を行っているのも日本です。このような環境の中、独立した円借款の事業が必要かどうかを考える必要があるでしょう。私は、この分野は素人ですから、正しい理解ができるかどうか分かりませんが、ともあれ真面目に考えてみたいと思います。

JBICの円借款事業を考えると、日本からの援助という色彩が強いことは自明なことです。国際機関に同種の事業があるのも拘わらず、日本からの援助ということは、とりもなおさず日本と相手国との関係を重視した行為でしょう。直接の見返りを期待しないにしても、将来的に良好な関係を維持するということで日本の国益になるものだと思います。経済大国の日本に資金援助を求めてくる国があっても不思議ではありませんね。

ところが、円借款でもワールドバンクローンでも同じなのですが、借りるときはお願いするけど借りてしまうとあまり感謝しないということがあります。私たちが銀行ローンをお願いするときも同じでしょう。イラン政府の様子をみていると、ワールドバンクローンの例ですが、借りたものは返すもの、したがってそれは自分たちのお金であると考えているようでした。

JBICでもワールドバンクでもいえることですが、これらの機関は審査をしてただお金を貸すということをしている訳ではありません。その使い方、必要な技術指導まで関与してきます。低金利のお金を勝手に使われては困るし、有効かつ適切に活用してもらわないと困るということからですね。ですから、借りた方は、いちいちうるさいなぁという本音があると思います。(苦笑)

ということで円借款に関する私の個人的な意見は、経済大国の日本に円借款をお願いしてくる国がある限り、そういうことはしていないと断ることはできないと思います。身近な例に置き換えると、お金に困っているときにお金のある友人から借りるという行為に似ていますね。

あまり感謝されそうもない円借款事業に思えますが、経済発展のためのインフラ整備には巨額が必要ですから、円借款は必要な事業だと思います。政治家にばら撒きをやられたのでは困りますが、必要なものに必要な援助をするということは、外交的にも重要なことではないでしょうか。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-12 10:42 | えるだまの観察
2005年 12月 26日

専門家活動の紹介(11)全国的展開

ようやく専門家活動が軌道に乗ってきました。ラボラトリ局の二人の男性スタッフに毎週2回のセミナーを行い、データ管理と大気汚染メカニズムの講習です。カラジ市の女性スタッフが最近欠席がちだったのが足の骨折という事故のせいだと分かりました。彼女の回復を待って、いずれテヘラン州の中にあるカラジ市への技術移転は再開されるでしょう。

タブリーズ州に次ぐ各州への技術移転はケルマンシャー州を振り出しに再開されました。本庁のC/Pやスタッフも参加しました。ケルマンシャー州はテヘラン州局長の出身の地ということもあってテヘラン州局長もワークショップに参加してくれました。そのせいかケルマンシャー州の州局長が私たちを飛行場まで出迎えに来るという丁重な歓迎でした。

ケルマンシャー州のワークショップの参加者は30人にも及びました。現在のところそれほど大気汚染がひどいところだとは思えないのですが、昔は重工業が盛んだったと言います。イラン・イラク戦争でそのほとんどが破壊されてしまったので現在なお復興中だとのことでした。ケルマンシャー州はいずれ大気汚染の問題を抱えることになるだろうと予想されました。

(ケルマンシャーでのワークショップ)
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ケルマンシャー州の次のターゲットにしたのはヤズド州でした。ヤズドは拝火教の総本山という都市ですが、私はこれまで訪問したことはありませんでした。ヤズドの州局を訪問すると、折りしも新しい測定局を設置するというところでした。私はワークショップだけでなく、測定局の設置場所の技術相談にも応じることになりました。

こちらのワークショップには実際大気汚染を担当する技術者だけが参加し、内容は実務的ものとなりました。州局長が熱心であったこともあり、ワークショップ参加者は大変熱心に技術を習得していました。ワークショップでは私の代わりに本部のスタッフがインストラクションをするなど、イラン人によるイラン人への技術移転へと徐々にスタイルを変えています。私はいつまでもイランにいられる訳ではないので、私の帰国後のことも考えておかなければいけません。

(ヤズドでのワークショップ)
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ヤズドの次はケルマン州です。ケルマンシャー州とは方向が全然違います。ケルマンシャー州がイランの西に位置するのに対して、ケルマン州は南東方向になります。いずれも数百km以上離れています。飛行機で行けば1時間程度の距離です。

ケルマン州はヤズドよりも大きな規模の州都を持っていました。私は以前「死の町・アルゲバム」に観光に行く途中にケルマンに宿泊したことがあるのですが、その時には市街地を観察する時間はありませんでした。そのアルゲバムが地震で崩壊してしまったのはその直後でした。3万人を超える犠牲者を出してしまった大地震です。

公用車の運転手がその地震の際にバムにいたそうで、当時の話を生々しく語ってくれました。よく生き残ったものです。彼は当時軍隊に所属していて、大きなパイプの中に入ったから生き延びられたと話をしてくれました。

(ケルマンのワークショップ)
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ケルマンの次はシラーズです。シラーズは人口200万人に迫る大きな都市です。シラーズにはこれまでにフランスの大気汚染調査団が入ったりしていていたので、私のワークショップが果たして有効なものかよく分からなかったため最初は様子見にとどめることにしました。果たして訪問してみると、フランスの調査団は調査結果は残してくれたもののその後のフォローアップはないようです。

私たちは州局長から大きな期待を持って迎えられました。こちらでも新しい測定局の設置場所について専門家の指導を仰ぎたいという希望がありました。この時の訪問は現地の様子を知るということが主目的だったのですが、強い技術移転の要望があったので改めてワークショップ開催するということでシラーズを対象にすることにしました。

技術移転には時間が掛かるものです。こちらから彼らの現場に赴き、現場に即した技術指導をし、かつデータ処理システムを寄贈し、ワークショップで技術や知識などを習得してもらうということになります。

今後さらに、アフワーズ、エスファハン、マシャッド、アラックなどの州が控えています。来年2月には関係各州をテヘランに招待するという大きなワークショップを開催する計画を持っています。そのワークショップでは既に技術移転したデータ処理システムを使って各州の大気汚染の現状について発表してもらうつもりです。こうしたプレッシャーをかけながら技術移転を進めています。

(つづく)
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by elderman | 2005-12-26 17:34
2005年 12月 23日

専門家活動の紹介(10)大気汚染情報センター(本庁)

しかし、ワールドバンクプロジェクトは、既に具体的な計画が慎重に検討された上で、採択されて動いているものですから、簡単にはその計画を変更できないものです。イラン側が計画を変えようとしたのは水質に関するプロジェクトが暗礁に乗り上げたからで、そのお金を大気汚染プロジェクトの方に振り替えようというものだったのです。

私を真っ青にさせた事態は直ぐに収束しました。ワシントンにあるワールドバンク側がイラン側の計画変更を拒否したからです。私は当然のことだと思っていましたが、お陰で私の方は再び全国規模での技術協力ができるという状態に戻ったのでした。

イラン政府の動きは亀のようにのろいかと思うと、ある日突然動き出すということもあります。私が主張していた「大気汚染情報センター」の設置が急展開でなされました。かなり大きな執務室が提供されたのです。しかも、女性の専属スタッフを2名配置してくれたのです。

(本庁の大気汚染情報センター)
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私の役割りは役務供与ではないので、センター長というポストでは困るのですが、幸い専属スタッフの2名のうちの一人が環境局職員に昇格したので、私が去った後、マネージャーとして機能してくれることでしょう。環境局内部で働いているスタッフの半分以上は正職員でなく契約職員なので、これではいつ辞められてしまうか分からないという不安定要因があります。現在のイランでは役所の職員から民間に移動するという人はほとんど見かけません。やはり安定収入が魅力なのでしょうか。

大気汚染情報センターという入れ物だけでは意味がありませんから、早速全国の大気汚染測定データの収集活動と配属スタッフへの技術移転活動を開始しました。地方都市でのワークショップにも参加してもらい、知識をどんどん吸収してもらいました。

環境局には大気汚染研究局のほかにラボラトリ局というものがあって、各州の大気汚染測定の管理を行っている組織があります。各州→ラボラトリ→研究局という構図になります。私の技術移転はこのいずれにも関係するため、ラボラトリ局との技術協力についても業務展開を図ることにしました。

ラボラトリ局から2名が選任されて私の行う内部セミナーを受講することになりました。ということで現在まで測定データ管理及び大気汚染機構の二つのセミナーを行っています。各州、ラボラトリ、研究局と三者が共通のもので測定データ処理を行えるようにするのが、私の目論見でもあります。そして最終的にはワールドバンクプロジェクトで設置された測定局のデータもこの流れの中に入ってくることになります。私の目指す技術移転の全国制覇への道筋が整って来ました。

私の仕事がこのようにして進んでいる中、イランでは大統領選挙が行われました。新しい大統領は保守強硬派というグループでいままでの保守穏健派とは様変わりです。日本とは違い、外国ではよくあることですが、局長以上の大きな人事異動が伴います。

選挙が8月であったにも拘わらず、環境局内部の人事は12月になっても完全に固まっていません。トップの副大統領、ナンバー2の局次官は決まりましたが、今でもまだ局長クラスの人事が流動的です。新大統領の方針で、専門職はその分野を専攻したスペシャリストを配置すべきであるということのようです。私のような外国人専門家についての方針は聞いていませんので、私の技術移転がこの先どうなるのかという不安要素がないとは言えません。

イラン政府のために行っていることですから、大きな反対が起こるとは思えませんけれども、新体制の考え方が気になるところです。そして新しい局長がどういう考えを持つ人なのかも重要な要素になるでしょう。この記事の連載が終わる頃にはこの問題は解決していることと思います。

(つづく)
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by elderman | 2005-12-23 16:35
2005年 12月 22日

専門家活動の紹介(9)環境局本部へ

ワールドバンクプロジェクトはワールドバンクのローンで大気汚染測定局を設置するというプロジェクトなだけですから、私は測定局設置の専門家でもないし、100%協力では完全に役務供与(イラン政府のために職員として働く)ということになってしまいます。私は大気汚染の全体を扱っている大気汚染研究局との協議を始めました。

(ワールドバンクプロジェクト内の執務室)
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実は、大気汚染研究局から日本政府に対して要請書が上げられ、専門家が派遣されるというのが本来の筋書きだったのですが、大気汚染研究局長が腰痛のため要請書の段階では3回もアポイントがキャンセルされたという経過がありました。そんな経過だったので、外国人専門家に対して何か悪い印象でもあるのかと思いましたが、ようやく面談できると話の分かるいい人だったので助かりました。

やがて、ワールドバンクプロジェクト側が私に用意した執務室ですが、そこから立ち退けと言ってくる始末です。もちろん立ち退くことに異存はありません。そして、私の執務室は大気汚染研究局の中に設けられました。上位機関でもあり、本来のポジションだと言えるものです。

(大気汚染研究局内の執務室)
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大気汚染局長は穏やかな人であらゆる摩擦を嫌うようで、ワールドバンクプロジェクトとの摩擦のないように対象州以外の州の面倒を見てくれと依頼して来ました。テヘランは3年間の実績という既得権がありますから除外して、残りはエスファハン、マシャッド、アラックの3州です。この3州について競合するような技術協力はしないでほしいと言われました。

大気汚染研究局長の考えでは、ワールドバンクプロジェクトと私の技術協力を別々の州で競合させたいというものでした。私は大気汚染という自然科学をテーマにした分野で競合なんてあるはずがないと内心つぶやていましたが、相手がそう見てしまうのですから仕方ありません。考えようによってはたった一人の専門家の業務がワールドバンクと競合できるものとみなされているのかと喜ぶ手もあるかも知れません。

私が大気汚染研究局に落ち着いた頃、事態は一層悪い方向に動き始めました。ワールドバンクプロジェクトが対象州を7州に増やしたいという話が出て来たのです。さらに、タブリーズ、シラーズ、カラジ市と増やすというのです。私の技術移転業務はその2州1市から締め出される事態になって来たのです。他にヤズド、ケルマン、ケルマンシャー、アフワズなどがあると局長は言いましたが、大都市を持つ州を対象にできないようではなんのための技術協力かと思わざるを得ませんでした。これでは任期途中での帰国も止むを得ないと覚悟したくらいです。

(つづく)
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by elderman | 2005-12-22 00:02
2005年 12月 18日

専門家活動の紹介(8)タブリーズ州局

2004年に主催したこのワークショップのフォローアップとして、テヘランに次ぐ第二の都市とも言うべきタブリーズ州への技術移転を開始しました。タブリーズ州からの参加者が特に熱心だったので、それに応える形でテヘラン州以外の他州への技術移転を開始したのです。

(タブリーズの環境局州局)
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(タブリーズの大気汚染情報センター)
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(タブリーズでのワークショップ)
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(実践的トレーニング)
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そしてこの間に、環境局本部にあるワールドバンクプロジェクトから新規業務として2年間の専門家要請が出されたのです。環境局テヘラン州局に対する技術移転業務は3年間で終了しますが、環境局本部に移っても引き続き技術的面倒をみることができます。

テヘラン州局での3年間ではデータ管理以外にも業務をこなしていますが、日本人チームとの連携も大切なものでした。悪戦苦闘する日本人チームですが、短期派遣で業務をこなしに来るのでなかなか上手く仕事が進まないという問題点を抱えていました。

2年目に目一杯手を広げたパイロット・プロジェクトですが、どれも遅れに遅れ、大変だったようです。3年目に入る前に、私はより実効性のあるものにということでターゲットを絞って実績を上げるようアドバイスをしました。思うように進まない日本人チームは大変な苦労だったようですが、なんとか業務をまとめて3年間の仕事を収束させることができました。

一方、私の方も万事が順風満帆という訳にはいかないようで、環境局本庁の活動拠点を移動してという計画に予想もできない展開が待っていました。新しい任期が始まり、本庁のワールドバンクプロジェクト(イラン側)に執務室の提供を求めましたが、そのやり取りの中でも相手側の様子が変なのです。これまで友好的だったものが妙に高圧的なのです。

イラン人コーディネーター(プロジェクト責任者)と業務計画について打ち合わせると、私の提案の50%をワールドバンクプロジェクトに、50%を他の州に対して技術協力したいという提案をまったく受け入れません。私は全国の各州に対して技術協力を拡大するという業務計画で仕事を始めることになっていますから、ワールドバンクプロジェクト側の主張する100%協力では話が違ってしまいます。ワールドバンクプロジェクトの対象州は4州にしか過ぎません。

私が内心恐れたのは、ワールドバンクプロジェクトはまず遅延するだろうという予測があったからで、100%巻き込まれてしまうとこちらの進めたい技術移転が足止めになってしまうということでした。技術協力を受ける側の強硬姿勢にはびっくりしましたが、世の中にはいろいろな人がいるものだと思わざるを得ませんでした。

100%協力でないとダメ、そして高圧的な態度、これらを考えると、どうもこれは日本が技術スタッフを送ってくれたものと解釈しているのかも知れません。完全な妥協点のないまま時間だけが経っていきました。唯一調整役になれる環境局ナンバー2の局次官はメッカに行っていて2月までは帰って来ません。

私はこの間、タブリーズ州への技術移転作業を進め、また同時にテヘランの隣のカラジ市に対する技術移転作業を開始していました。マイナス10度のタブリーズ出張はかなり辛いものでした。

(冬のタブリーズ:飛行場にて)
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要請書の出された配属先との衝突ということで、私がイランに来て初めて業務上の本格的な窮地が訪れたのでした。

(つづく)
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by elderman | 2005-12-18 01:08
2005年 12月 16日

専門家活動の紹介(7)他州への技術移転

私が大気汚染測定データのクォリティの向上に尽力している間に環境局がワールドバンクから9億円程度のローンをして全国に大気汚染測定局を設置する計画が具体化して来ました。私が着任の頃にワールドバンクの技術者と多少の接触はあったのですが、その後2年が経過したのでいよいよ実現する段階に達したようです。

その計画では、テヘラン、エスファハン、マシャッド、アラックの4州に40数局の大気汚染測定局が整備されると言うものです。やがてワシントンからワールドバンクの技術責任者(Mr.P)がテヘランに来て、テヘラン州局を訪問して来ました。目的は私が供与したデータ管理システムを見ることにありました。

Mr.Pのもっぱらの関心事は設置した測定局、データ処理システムが将来に渡って有効に利用されるかどうかという点にありました。一通りの説明を受けた後、Mr.Pは私に言いました、測定局の有効活用のためにイラン人スタッフの技術的指導をお願いしたいとです。もちろん私は喜んで協力すると表明しました。

(ワールドバンク主催のワークショップ)
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こうして、私の大気汚染測定データ管理に関する技術移転はテヘラン州局に対してほぼ終了し、全国版へと展開する状況になって来たのです。

私の任期3年目の終わりごろ全国規模のワークショップを開催することにしました。大気汚染測定局を持つ州に招待状を送り、概論だけでない、より実用的なワークショップを目指した企画にしました。具体的にどうデータを扱うのか、かなりプラクティカルなプログラムを用意しました。

このワークショップではこれまでに技術移転をしたテヘラン州局のスタッフにも講師をしてもらい、さらに日本人チームの専門家にも講師をお願いしました。メインテーマは測定値の信頼性の向上ですが、さらに効果的な発生源対策のために何が必要か、どうしたらいいのか、そのようなテーマもプログラムの中に盛り込みました。3日間のワークショップでしたが、順調にプログラムを進めることができました。

(2004年のワークショップ)
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(つづく)
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by elderman | 2005-12-16 11:47
2005年 12月 15日

専門家活動の紹介(6)プログラム開発

局内セミナーが終了する頃、データ管理に関して実際上の問題が出て来ました。大気汚染測定値は毎時測定されるので年間では8,760時間ものデータがあるのです。そして項目も数項目、気象測定を入れたら10項目以上になります。それを目で見るというのは至難の技です。

そこでしょうがない、私はプログラムも作れるので、データ管理用のプログラムを開発することにしました。データを目で見えるようにビジュアル化すれば、8,760時間であろうと一瞬にして特徴を知ることが出来ます。異常値もプログラムで検出して表示してあげればいいことです。こんなことはプログラムで簡単にできてしまいます。一般的に特注プログラムはコストが高くつきますが、私が作ってしまいますから、まぁ、問題はありません。

システムのメンテナンスを考え、言語にはビジュアル・ベーシックを使うことにしました。エクセルとの互換性がいいことも選択の理由です。実際データはエクセルからファイルに変換し、開発したプログラムで読み込みというデザインにしました。エクセル側ではマクロのプログラムでファイルを形成できるようにしています。こうして一年分のデータが一瞬にしてビジュアルなグラフィックな表現で表示されます。

その他、大気汚染緊急時対応用の48時間用のビジュアル表示プログラム、月単位のデータ管理用プログラムというものを開発して環境局テヘラン州局に提供しました。このシステムの提供により、環境局に公式データの整備という概念を技術移転し、月報や年報を作成することの指導ができます。

たくさんの表やグラフを同時に見ることがあり、また大気汚染の緊急時対応のための表示装置という意味もあるので、50インチのプラズマ・ディスプレイとセットで機材供与することにしました。という訳で、そのパフォーマンス、プレゼンス共にイラン環境局テヘラン州局の大きな評価を得たことは言うまでもないでしょう。見掛けはともかく、データ管理システムをちゃんと使えるように成長した州局のスタッフの技術水準の方がより重要なことです。

(データ管理用システム・・・ディスプレイの画像ははめ込み合成です。)
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セミナーはさらに続き、今度はシステムのメンテナンスのセミナーに切り替わりました。私がイランを去った後、誰かがシステムのメンテナンスができなければ、将来問題が起きたときに対処できなくなってしまいます。こちらのセミナーも3か月ほど継続しました。一応、参加者はビジュアル・ベーシックという言語をマスターしましたが、残念ながら新たにプログラムを組むというレベルまでには至りませんでした。そこまではちょっと無理でしょうね。

そうしているうちに環境局テヘラン州局は、私からの提案にしたがって「大気汚染情報センター」という設備を整えてくれました。大きな会議用のテーブルとデータ処理装置を置くための台、そして職員の執務空間が整備されたのです。

(大気汚染情報センター:環境局テヘラン州局内)
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大気汚染測定データのクォリティの向上のために様々な努力をして来ましたが、データ管理システムだけでなく、測定装置の老朽化した部品のスペア・パーツの交換や異常値の早期発見などの体制作りが功を奏して次第にデータの信頼性が向上して来ました。

私は3年間のデータを使って年報というもののスタイルを示し、州局のスタッフはそれを見本にしてペルシャ語で年報を作成することができました。私が派遣された当時の「ないよりまし」という状況から大きく進歩したものです。

(つづく)
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by elderman | 2005-12-15 00:14
2005年 12月 13日

専門家活動の紹介(5)C/P研修

専門家活動の中にC/P研修という制度があります。C/Pに実際に日本に行ってもらって研修をしてもらう制度です。私は自分の休暇一時帰国の日程に合わせて、日本国内の関係機関に協力を依頼し、調整を図りました。私の出身母体の千葉県の協力ももちろん得ました。

(千葉県で研修)
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さらに愛知県の協力を得て、C/P研修のプログラムを組みました。約3週間の日本滞在になります。イランからたった一人で日本に行って研修を受けるというものですから、多少は心細いことでしょう。通訳は業務の時間にはつけてもらえますが、それ以外にはありません。

そこで私は休暇一時帰国ではありますが、研修期間中はできるだけC/Pに同行するようにしました。千葉県の現職の人たちは昔の仲間ですから、快くC/Pを歓迎してくれました。千葉県の行政、環境センターなどで研修プログラムを済ませると、夜には歓迎会などが催され、楽しい時間を過ごせたと思います。

(歓迎会)
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週末は私と家内、そして次男を動員してC/Pの面倒をみました。一人で放っておく訳にはいきませんからね。私は一日だけ週末にゴルフに誘われていたので、次男をC/Pの付き添いに動員したのはこの日です。次男はその前に二回もイランに来たことがあったので、C/Pとも顔見知りでした。ショッピングなどのお手伝いをしたようです。私と家内とでは東京都庁や浅草、お台場などを案内しました。

(浅草にて)
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C/P研修は愛知県に場所を移しましたが、私もこの間は出張で付き添いです。愛知県でも本庁での研修やトヨタ自動車の工場見学を済ませ、イランの仕事から知り合いになった課長さんの案内で名古屋名物の「みそカツ」などで夕食を楽しみました。

(愛知県の大気汚染移動測定局)
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(トヨタの博物館にて)
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こういうお付き合いで私とC/Pとの友人関係は構築されていきました。浅草で私はC/Pにいたずらにワサビを勧め、少し多目の量だと知りながら彼が口にするのを見ていました。C/Pは涙を流しながら感動していました。それからというもの日本人チームのメンバーがイランに来るたびにワサビのお土産を彼に渡すようになったものです。もちろんC/Pはイラン人ですから刺身は食べませんが、何にでもつけて食べているようです。(笑)

(ワサビを勧めたレストラン)
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このC/P研修を終えて彼が帰国し、しばらくして桜を楽しんだ後、私の休暇一時帰国も終わりになり、イランに戻りましたが、このC/P研修以降、彼の私に対する信頼度は100%になり、親友という関係だけでなく、それからの技術移転の大きな支持者になったのでした。

そして多分このC/P研修以降だと思いますが、C/Pは一生懸命に英語を話そうとする努力をし始めたのです。通訳の秘書がいるときはあまり英語を話しませんが、二人でいるときはほとんど問題ないくらい英語で話をしてくれます。最初はしかめっ面で英語を一言も話さずにいたC/Pでしたから、私の専門家活動の前途を心配したものですが、まったく反対の嬉しい誤算になりました。

(おまけです。これは日本の自宅にC/Pを招待したときのものです。)
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(つづく)
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by elderman | 2005-12-13 00:27
2005年 12月 12日

専門家活動の紹介(4)対外活動

派遣先の環境局テヘラン州局だけでなく、大気汚染問題で関係する機関に対しても大気汚染に対する知識や現在やろうとしていることを周知、啓蒙する活動も必要となります。そうした中、テヘランの州局長が代わりました。前の州局長は本部に異動し、今度は生え抜きのいかにも人望の厚そうな州局長が着任しました。

私は個人的にはこの新州局長に大変好感を持っています。身長が180cm以上あり、姿勢がよくて軍人みたいな感じですが、眼差しには優しさがあります。彼はもともと国立公園を守るレンジャーなので大気汚染などの公害分野は得意ではありませんが、この人ならという感じを与えてくれる頼もしい人物に映りました。

(新州局長(手前))
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大気汚染に関係する機関にはいろいろあります。保健省、エネルギー省、気象局、交通局、テヘラン州庁、テヘラン市の大気質管理公社などですが、これらの機関の代表者が集まって開かれる会議があり、「エグゼグティブ・コミティ」と呼ばれています。大気汚染改善のための連絡会議と言ったところでしょう。

私は日本人専門家として、こういう会議の場を借りて活動内容の紹介や問題点などの説明、あるいは新しい提案などをすることがあります。この会議は月に二回行われているので寄り合いというような色彩を持っていることは否めません。そういう雰囲気だからこそ、日本人専門家の話は面白いもののようです。

(エグゼクティブ・コミティ)
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私は個別派遣の専門家ですが、同時期に日本人チームによる開発調査が実施されていました。もちろん私たちは連携あるいは業務分担をして、テヘランの大気汚染改善のために技術移転を行ったのです。日本人チームは専門家とコンサルタント会社の集団で、主として発生源の改善対策のためいくつかのパイロット・プロジェクトを遂行しました。

その活動の中にいくつかのワーキング・グループが組織されたので、私は自分の業務に近いワーキング・グループに入り、チームの技術移転活動のお手伝いをしました。新しい提案などイラン政府に働きかけるのには、個人の専門家としてよりもチームとして提案した方が相手方の受け止め方が違うのではないかとも期待したものです。

ワーキンググループには大学教授あり、NGOの活動家もあり、多彩な顔ぶれでした。残念なことはそういう人たちでも実用的あるいは行政的な大気汚染の知識が不足しているということが感じられたことです。発展途上国の場合、社会的地位が高いとなかなか現場に行きたがらないのでどうしてもそうなりがちです。

日本人チームはパイロット・プロジェクトの遂行だけでなく、各年度の終わりに全国規模のセミナーを開催しました。私はそのような機会を利用し、テヘラン州局に対して行っている技術移転の内容を全国の他の州からの参加者にも紹介することにしました。たった一日のセミナーでどこまで技術移転が図られるかは多少疑問がありますが、専門知識の普及、啓蒙活動も重要な専門家活動だと思っています。

(大規模セミナー)
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(つづく)
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by elderman | 2005-12-12 10:35