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2006年 09月 23日

国際協力について(12)技術移転のあり方②

今回JICA(国際協力機構)で起きた事件、実はこちらで書いていることと無縁ではありません。独立行政法人になった新しいJICAでは、その独立という性格からでしょうか、かなりの業務を公募に移しています。つまり、業務の遂行者を公募して、提案書の内容を審査の上、業務委託しようとするものです。

これらの手続きは本部で行なわれますから、事前調査などの報告会や質疑などが行なわれるもののいわば机上のものです。もちろん、業務が始まれば、現地事務所の担当者が案内やら業務の遂行状態をみていますが、調査チームにべったりと張り付いている訳にはいきません。経費の報告は領収書などで証拠書類を提出するものですが、開発途上国では領収書などは簡単に作成できてしまうものです。

領収書の用紙に連続番号が打たれ、領収書を無意味に発行しないように管理している日本とは事情が違います。文書、データが大きな価値を持つというのは先進国でのことでしょう。開発途上国にその概念を適用してようとしても、文化・習慣が違います。今回の事件では、このような書類審査偏重ということから起きたものと思われます。書類さえ整えて提出すればいいという部分を悪用したのだと思います。

発覚したのは、同じ国で発注された下請け業務の価格が特に高くて目立ったのかも知れません。常識的な金額では、受注者にまで支払われた金額のチェックを行なうということはできないでしょう。もう一つ考えられるのは、受託業者に嫌疑が掛けられていたのかも知れません。これについては憶測に過ぎませんけどね。

私が個人的に不思議に思っていることに、JICAの基準では下請け業者の儲け分を見積に入れないということがあります。人件費のところで多目に見ているということなのでしょうか。私がセミナー開催の業務委託をするときに、現地コンサルタントにすべて必要経費だけで見積書を作成させたことがあるので気になっています。もちろん、現地コンサルタントは儲けにならないとぼやいていました。

どこかで水増し請求をしないと会社に儲けが出ないという仕組みが背後にあるのではないかと思ってしまいます。ガラス張りで厳しい基準を通すと、逆に不正を誘発する可能性というのもあるのではないでしょうか。企業には適切な儲け分というものがあっていいと思いますが、諸経費は認められず、人件費の部分だけで会社の利益が捻出されているように思われます。

もう一つ考えられるのは、公募では競争原理を取り入れているので、よい提案で安い見積を行なったコンサルタント会社が受注できるということです。業務の質などは実績や書類で審査されているでしょうが、JICAは基本的に一番安い業者に発注するシステムです。これは入札制度などの精神からある意味当然なのですが、競争の中で質と儲けを維持することが難しくなっているのではないかと感じます。

このような厳しい技術審査、書類審査の中で、民間コンサルタント会社はどこかで手を抜くか、水増し請求をする動機を持つようになるのかも知れません。肝心な仕事で手抜きでは効果的な技術移転、国際協力というものが図られるか疑問に思います。また、不正防止のためにJICA職員が現地で受託業者の業務監視に専念するというのでは、肝心の技術移転業務の方に影響が出てしまいそうです。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-23 08:03 | えるだまの観察
2006年 09月 22日

国際協力について(11)技術移転のあり方①

改革ムードの日本ですが、過去の方法、実績、そのすべてを否定するというのでは感心できません。過去のいいところはいいところとして評価し、今後に活かすべきだと考えています。JICA(国際協力機構)が独立行政法人に変わってからの現在の動きは、分かりやすいテーマを掲げていても、私はむしろその実効性において少し疑問を感じています。

技術移転活動についてJICAが責任を持つということは大変よいことなのですが、JICAという組織であらゆる専門分野の内容にまで精通することは難しいと思います。ODAは、日本と被援助国との政府間の国際協力です。そういう意味では、もっと国内にある専門知識を有する政府機関の力を借りるべきだと考えています。

つまり、巨大組織である全省庁、地方自治体の支援を受けながら国際協力、技術移転を進めるということです。各省庁も調査ものをコンサルタント会社に業務委託するということはありますが、コンサルタント会社は行政官ではありません。各専門分野、その行政に精通しているのは関係省庁及び地方自治体でしょう。この能力を活用しない手はないし、日本全体での国際協力ということにもつながるのではないでしょうか。

現在のJICAがこの努力をしていないとまでは言いませんが、独立行政法人の「独立」のところに注目し、力みが見られるような気がします。各省庁の力をもっと活用すべきだと考えます。従来の専門家のポスト化という問題点がありますが、そもそもノウハウというソフト型の技術移転の場合、その成果は目に見えないものだと思います。成果主義を尊重するあまり、形のあるものばかり具体化していくというのは、安易な方向性に思えてなりません。

公務員の専門家とコンサルタント会社の専門家とでは決定的に違うところがあると思います。公務員の専門家はほとんど採算性を考慮しないということです。良心的なコンサルタント会社は多く存在することと思いますが、それでも採算ということを度外視した活動というものはできないものでしょう。ボランティアの方が向いているような国際協力ですから、公務員の専門家の性格というものをもっと活用してもいいような気がします。

コンサルタント会社のスタッフが、役人の専門家についてほとんど仕事をしていないという批判をすることがありますが、それは業務形態が違っているからだと思います。JICAがコンサルタント会社に業務委託するものは、試行錯誤の少ないものだからです。私の知る限り、公務員の専門家は常時、「どうしたらいい技術移転が実現できるのか」ということを真剣に模索し、試行錯誤しているものです。

被援助国に入ってガンガン業務を進めていくコンサルタント会社、反対にじっくりと技術移転を進めていく公務員の専門家ですから、それぞれに相応しい役割分担があると思います。現在のJICAはその割り振りを行なっていますが、成果主義というテーマの下で、じっくり型の技術移転が縮小傾向にあるのではないかと私は思っています。

専門家としての経験を持った私が言わなければならない点がもう一つあります。成果主義はいいのですが、その評価があまりにも短期間であるという問題です。その理由は気の短い日本人の国民性かも知れませんが、ノウハウというソフト型の技術移転というのは、大変気の長いものであり、いわば教育とも言えるものだと考えるからです。

教育の成果を1年や2年で評価できるものでしょうか。ヨーロッパ諸国の国際協力は10年単位だと聞いています。移転した技術の定着を図るならば、10年くらいの期間は必要なのではないでしょうか。無理ならせめて5年間といいたいくらいです。1年や2年では技術を紹介しただけのことになってしまいそうです。

一般的に開発途上国での時間の進み方は、日本に比べて倍以上遅いものです。国際協力という分野では被援助国の時間に合わせて、気長に取り組む必要があると思います。日本のペースで進めても相手方はついて来れないことが多いと思います。日本がいくら効率化を求めても相手のある国際協力ですから、この点は大いに考慮すべきではないかと考えています。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-22 02:31
2006年 09月 21日

国際協力について(10)現場主義

JICA(国際協力機構)では新しい理事長になり、「現場主義」というテーマが掲げられています。国際協力のためにJICA職員がどんどん被援助国に出掛けて行って、効果的な技術協力を行なおうというものです。東京にある本部で机上の空論を繰り広げていてもしょうがないということなのでしょう、趣旨は立派なものに思われます。

ところが現実ベースの話では、少し無理がある部分があります。JICA本部には多くの職員がいますが、技術移転活動の内容は多岐に及んでいます。その内容にまで精通することは至難の業のように思われます。それが、現地事務所に派遣されて、専門家の活動をみると言っても職員数に限りがあり、技術移転の内容まで踏み込んで理解することは現実問題ほとんど不可能に近いものだと考えます。

例を挙げると、大きな分類では、土木、農業、漁業、林業、医療、環境、教育、災害、工業、ITなどがあり、環境の中は、自然環境、公害部門と二分され、公害部門には、大気汚染、水質汚濁、騒音・振動、地盤沈下、土壌汚染、廃棄物などがあり、さらに大気汚染の中には、防止対策、防止計画、組織・制度、モニタリング、各種基準、気象、測定方法、発生源の同定などの専門分野に分かれるというくらいです。

そして、さらに細かいことを言えば、今日のあらゆるサービスのグローバリゼーションの中、日本からの送金など、いちいち現地事務所を経由することが効率的であるかどうかは大いに疑問なところです。経理や庶務的なことは、むしろ本部で一括して処理した方が、現地事務所の職員数の減少を図れるものではないかと考えられます。

現地事務所に大きな権限が移譲されると、専門家は却ってやりにくくなるという問題点もあります。説明しなければいけない相手が二人になる訳ですから当然でしょう。しかも、それぞれの意見が違ったりしたら最悪な状況になるでしょう。現地事務所は同意してくれたものの、本部が了解しないなんて事態は実際ありがたくないものです。こういうことは現実問題として、次年度の予算獲得というときに発生するものです。

JICAの現地事務所は、技術移転活動が円滑に実行されるように支援し、必要に応じてその内容を監視し、場合によってはやり方の提案をするというような機能で業務を遂行していただきたいものです。小さな現地事務所では、所長を含めて4人しかいないという場合もあります。専門家が10名も派遣されたら、所長一人、庶務担当一人で実務担当者が二人という体制では、とても個々の業務に集中することはできないのではないでしょうか。

問題点ばかり羅列しましたが、JICAの現地事務所自体のメリットはあるでしょう。被援助国に対する日本のプレゼンスを強調し、他の国や国際機関に比べて勝るとも劣らない協力姿勢をみせることもできるでしょう。供与機材などの免税特権や技術移転のやりやすさにおいてもメリットはあると思います。

現場主義というテーマの下で、JICAの職員が汗をかきながら、効果的な国際協力、技術移転を図っていくということは大変結構なことですが、無理なことは無理だと判断することも必要なのではないかと思うことがあります。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-21 06:32 | えるだまの観察
2006年 09月 20日

国際協力について(9)成果主義③

”TOR”に基づいた技術移転について書いて来ましたが、30年以上の実績を持つJICA(国際協力機構)では違ったやり方を持っていました。主として、被援助国の政府の中に入り、政策アドバイザー型の専門家に対して行なって来た方法です。こちらの専門家は国の省庁からの推薦による専門家が派遣されることが多いようです。

こちらの場合、外務省を通して提出された被援助国からの要請書に基づいて、その内容に相応しい専門家が選抜され派遣されます。この専門家は、被援助国に着いてから、さまざまな必要な情報を集め、効果的な技術移転の方法を検討します。普通は3か月くらい掛かります。そして、被援助国とその内容の協議を行い、その結果を業務計画書としてまとめJICAに提出します。

その後、こういう専門家の活動は、中間報告書にまとめられ、計画の進捗状況がJICAに報告されます。この場合でも、相手のあることですから、計画変更ということは十分あり得ることです。

現在のところ、こういう専門家活動の件数は減少傾向にあるようです。専門家が省庁のポスト化しているという批判があったり、技術移転の成果の評価しにくいというのが問題のようです。私は、もともと目に見えないものだと考えていますから、評価が難しいことは当然だろうと考えていますが、「成果主義」のテーマの前では少し弱いようです。

私は、個人的には従来のやり方に意義を見出している人間です。第一に被援助国の職員たちの仕事をみながら、仕事を通じて必要な技術移転ができるし、何よりも連帯感を持つことができるというメリットがあると考えているからです。技術移転が上手く運べば、当初計画よりもさらに大きな技術移転に発展できるし、技術移転に不足があれば必要な専門家の援助を仰ぐこともできます。

技術移転プロジェクトチームの場合でも同じです。チーム全体に大きな目標があって、各専門家に計画書作成が義務付けられます。チームの場合、専門家が長期派遣になるのが普通ですが、分野によっては短期派遣の専門家が混じるということもあります。

私は、この個別派遣専門家とコンサルタント会社に委託契約する開発調査との大きな違いは、専門家の現地滞在期間にあると考えています。コンサルタント会社でも専門家を長期派遣することもあるでしょうが、一般的には現地に最長でも1か月というのが普通だと思います。

この微妙な相違を持つ業務形態は、被援助国の政府職員の対応をかなり変化させるものです。政府とJICAは横並びであり、コンサルタント会社はJICAに雇われた集団ということから、コンサルタント会社はJICAに雇われていると理解しているからでしょう。技術指導者というよりも、自分たちもこのチームを使えるという解釈をしているようです。

コンサルタント会社は技術的な能力が高いからこそコンサルタント会社でいられるものです。そして、だからJICAに雇われる。日本国内におけるコンサルタント会社の社会的地位は、その能力に比べて低いと考えていますが、雇われる側の弱みということになるのでしょうか。

JICAの現在の傾向と試行錯誤について書いて来ましたが、やり方によっては「成果主義」というテーマが形骸化してしまうのではないかと危惧しています。”TOR”に基づいて、被援助国でそのとおりやってくればいいというようなものでない、本当に意味のある国際力、技術移転活動を期待したいと思います。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-20 06:56 | えるだまの観察
2006年 09月 19日

国際協力について(8)成果主義②

前回は、成果主義の下、セミナーなどの手段と呼ぶべき活動が成果として扱われるということがあると書きました。成果が目に見えないからこそ、そういう評価方法が浮かび上がるのかも知れません。成果主義というのは、本当に難しいテーマだと思います。

JICA(国際協力機構)では、成果主義のテーマの達成のために、近年”TOR”というものを重視して来ています。”TOR”というのは言わば仕様書であり、どう活動して、何を為すのかというものをあらかじめ決めて専門家などを派遣するというものです。一見、分かりやすい方法に思われますが、そこには落とし穴があります。

まず、”TOR”なるものを誰が作成するのかという問題、”TOR”のとおり実行できるのかという問題、”TOR”のとおりやれば技術移転として成果が上がるのかという問題などが考えられます。”TOR”が明確でない仕事では発注のしようがないし、請け負う方も仕事にならないという意見があるでしょうが、解決策のために、まずは問題点をみていくことが大事だろうと思います。

では最初に”TOR”作成の方法に触れてみましょう。一般的に”TOR”作成の前に、事前調査団が現地に2週間程度入り、聞き取り調査を行います。調査団は専門家及びJICAの担当者によって構成されます。専門家の中にはコンサルタント会社から派遣された顔ぶれもあります。実務はどちらかというとコンサルタント会社の担当者が行うように思われます。

この事前調査団によって作成される”TOR”というものが、その後実施される技術移転の成否を決定すると言っていいほどですから、これは大変責任のある仕事だと考えられます。ですから、事前調査団のメンバーには精鋭が選抜されていることと思います。しかし、私の経験上では、たった2週間くらいの期間で今後、1年あるいは2年という期間で実施される技術移転活動のシナリオを”TOR”にまとめることはかなり難しいと感じています。ここに一つの問題点があると思います。

もちろん、”TOR”の変更ということはできますから、それほど硬直したものではありません。国際協力では相手のあることですから、計画変更ということはむしろ付き物という気がします。”TOR”ができるとJICAはその技術移転の効果的方法を選択することになり、技術プロジェクト型か開発調査型かを決定し、相応しい専門家やチームを公募や公示などにより集め、派遣することになります。

技術移転活動に際して、計画どおりに行かないことはよくあることです。上手く行かないことが”TOR”に起因するのか、実行チームのやり方に問題があるのか、相手政府に問題があるのか、検討しなければならなくなるでしょう。悪いケースとしては、とにかく”TOR”の通りに実行して、場合によってはその内容を相手国に押し付けてくるという場合もあるといいます。

”TOR”に基づいた技術移転が実施されると、それが適切に実施できたかどうかという評価が行われます。私には、その評価の具体的な方法は分かりませんが、JICAの現地事務所の担当者による報告も大事なのではないでしょうか。もちろん被援助国からの意見も聴取していることと思います。ここでの問題点は、技術移転が成功し、活用されているかどうかという追跡調査までは行わないのではないかという点です。業務委託したコンサルタント会社に委託業務費を支払ってしまえば、業務は終了ということになるでしょう。

いくつかの問題点を挙げましたが、JICAとしてはもう一つのテーマである「現場主義」というものを通して技術移転業務の監視、評価を行おうとしているように見受けられます。こういう努力は、すべて「成果主義」というテーマのためだろうと思います。ODAは国民の税金で実行されますから、真摯な取り組みがなされるのは当然のことですね。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-19 07:46 | えるだまの観察
2006年 09月 18日

国際協力について(7)成果主義①

JICA(国際協力機構)の現在の二大テーマの一つである「成果主義」に関して書いてみたいと思います。これからは、私自身の意見が多くなってくるものと思います。間違いや知らないこともあると思いますので、その点ご容赦いただきたいと思いますし、ご教示いただければありがたいと思います。

私は、そもそも技術移転というものは目に見えない行為だと考えています。被援助国に機材を供与しても供与された側が使えなければ意味がありませんね。要するにノウハウを教育するというのが技術移転だと言えるでしょう。ですから、どのくらい技術移転が進んだのか、これを評価するということはなかなか難しいことだと思います。

ましてや、ノウハウがどのように被援助国に理解され、定着したのか、そこまで確認するには時間が掛かることだと思います。そういう中で、機材供与というのは目に見えるものであり、日本からの援助だということを宣伝することもできます。被援助国も機材供与に対して感謝しないはずはありませんから、これまで「箱もの」が重宝がられてきたのだと思います。

しかし、その反面、肝心な知識面でのノウハウの技術移転が上手く進まず、結局はせっかくの機材が有効に活用されていないというようなケースを生み出すことになったのだろうと思います。機材は設置すれば稼動できるようになりますが、活用されなければ意味はありません。

なぜ活用されないのか、それには活用の場がないというケース、被援助国が活用する技術水準に達していないというケースの二つがあると思います。活用の場がないというのは、被援助国の行政ニーズに比べ供与機材の方が必要以上に進んでいる場合もあるでしょうし、行政における法制度化が遅れていて、機材があり活用もできるようになったのにも拘わらず現場で使用することができないということもあるでしょう。

被援助国においても政府高官の知識は第一線のものであるはずです。そういう高官が高級な機材供与を日本側に要請するということは当然だと思われます。要請を受けた日本側から、相手国に対して「あなたの国にはまだ早い」とは言いにくいものでしょうから、話はややこしくなりますね。

私は、政策アドバイス方の大気汚染の専門家なのであまり機材を必要としません。そもそも被援助国に機材がないようでは、私の専門分野の指導ができないからです。大気汚染物質の測定を始めようとする国に対しては、私とは違った分野の専門家が必要になります。私の分野のような技術移転になると成果はますます見えないものになります。被援助国の担当者に対して試験でも実施しないと技術移転の成果は分からないかも知れません。

一方、こういうソフト型の技術移転でも目に見える活動というものがあります。セミナーとかワークショップという活動がそれで、これは現地の日本大使館もJICAも積極的に支援してくれるものです。日本という国のプレゼンスを宣伝し、技術移転のパフォーマンスを示すにはいい機会だと考えているからでしょう。そして、被援助国の政府高官も歓迎する傾向のあるものです。

技術移転のための継続的なセミナーには大きな効果があると思いますが、2,3日で開催するセミナーやワークショップには技術移転という見地からどれだけ意味があるでしょうか、私は少々疑問に思います。2,3日で技術移転が完了するくらいなら、被援助国が開発途上国で止まっているはずはないと思います。しかし、現実にはこういうセミナーは、日本だけでなく、国際機関、先進国などによってさまざまな形で開催されています。

セミナー開催には大抵お金が掛かります。被援助国政府との共催になることが一般的ですが、会場の借り上げや参加者の食事、宿泊まで面倒みることがあるからです。私は、こういう短期間のセミナーの場合は、技術移転活動の始めに問題点の提示・解決のための取組みの周知、あるいは最後の仕上げとして技術移転を受けた機関や人々の発表の場というような特別な意味をこめたものが望ましいものと考えています。そうでないと、技術の紹介はできても技術移転にはならないものと考えています。

つまり、セミナーというものは技術移転の手段であって、それ自身が成果にはなり得ないものだと考えていますが、成果主義を掲げると、時として手段が成果というような取り扱いになることがあるように感じています。

セミナーに関する私の個人的な結論として、大きなセミナーの開催は特別な意味を持たせるべきものであり、それ自身は技術移転活動の1工程に過ぎなく、成果として考えるべきものではないということ、そして、技術移転という活動においては対象範囲を絞って継続的なセミナーによる技術移転活動が望ましいものと考えています。全国の技術担当者を対象とする場合には、大きなセミナーの実施ではなく、専門家自身が州や県に出向いて、小規模でも中身のあるセミナーを継続的に実行する方が効果があると考えています。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-18 14:50 | えるだまの観察
2006年 09月 17日

国際協力について(6)独立行政法人

JICAは、2003年に「国際協力事業団」から「国際協力機構」と名前を変え、独立行政法人に変わりました。JICAというアルファベットの略称は既に世界的に有名なため、そのままにしたのだと思います。因みに、外国では「ジャイカ」だけでなく「ジカ」、「ヒカ」などとも呼ばれています。

名称は変わりましたが、「政府ベースの技術協力等を実施する機関」という基本的業務に変化はありません。政府ベースですから、外務省の外郭団体と言っても間違いではないでしょう。年間、約1,600億円という交付金が国から支払われています。

現在のODA全体でGDPの0.1%程度のはずです。現在の国際世論では、GDPの0.7%が望ましいと言われていますが、経済大国の日本にこの比率を当てはめるのには無理があると思います。ともあれ、JICAへの交付金は、GDP比で0.03%程度になります。

因みに主要国のGDPをみてみましょうか。2004年の統計です。

1.米国  117,118億ドル
2.日本   46,228億ドル
3.ドイツ   27,405億ドル
4.イギリス  21,244億ドル
5.フランス  20,466億ドル
6.中国   19,317億ドル
7.イタリア  16,778億ドル

参考 韓国  6,797億ドル
    インド  6,911億ドル
    ブラジル 6、040億ドル

という訳で、日本は依然として経済大国なのです。国内にいると経済大国という実感は持てませんが、米国には桁外れの億万長者がいるので平均をとってもあまり意味がありません。一人当たりのGDPでみると米国よりも裕福な国民と言えるでしょう。

せっかくですから、一番裕福な国を探してみましょうか。それは、ルクセンブルグでした。日本人よりも1.6倍も裕福という統計です。二位はノルウェーです。日本は世界で6位です。

そういう状況の中、ODAの予算が、国際世論に反して年々減少しているというのは実態です。それがいいか悪いかは個人個人でいろいろな意見があると思います。統計の数値の上で日本は経済大国ですが、まだまだ経済は順調だとは言えない現状ですからね。

閑話休題、独立行政法人と変更されたJICAはどう変わったのでしょうか。厳密な意味での間違いを恐れずに言えば、独立した分、事業活動に対して責任を持つようになったと言えると思います。単なる実行機関であるならば、成功、失敗というものはあまり問題にされなかったものです。

ということで、現在のJICAは、緒方貞子理事長の下、「成果主義」、「現場主義」の二つのテーマを掲げて活動しています。


(参考)【国際協力を日本の文化に】・・・緒方理事長のメッセージ

貧困、紛争、環境破壊、エイズなどの感染症の蔓延、食糧問題など、地球規模の問題は今世紀に入り、ますます深刻化しています。また、貧富の差はさらに拡大しています。グローバル化が進む現在、これらはいずれも私たち日本人にとっても遠い世界の問題ではありません。日本も国際社会の一員として、世界の国々と協調しながら解決の道を模索していかねばならないのです。

日本にとって、ODA(政府開発援助)は、国際貢献の主要な手段です。ODAの一端を担うJICA(国際協力機構)は、「日本の平和と繁栄は、世界の平和と安定なくしてはありえない」という考えのもと、平和で豊かな世界の実現をめざして日々努力しています。

国際協力を行うにあたって、JICAが心がけていることが三点あります。第一に、開発途上国のニーズに的確にかつ迅速に応えられるよう、現場の声、現場の目を大切にすること。第二に「人間の安全保障」の視点を取り入れて活動すること。そして第三に、独立行政法人として、事業の効果・効率性をいっそう高めていくことです。

世界の人々から信頼され、期待される国になるために、国際協力を日本の文化にしていきましょう。1954年にスタートした日本のODAは、2004年には50周年を迎え、そのための土壌は十分育っていると考えます。

JICAの国際協力は、日本のみなさんの理解と支持を原動力としています。JICAはこれからも、平和で豊かな世界の実現に向けて活動を進めてまいります。
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by elderman | 2006-09-17 07:21 | えるだまの観察
2006年 09月 16日

国際協力について(5)技術移転の方法②

前回、プロジェクト型の技術移転の方法に触れましたが、その他に、開発調査、個別派遣専門家という方法もあります。個別派遣専門家というのは、プロジェクト型のミニ版のようなもので、一人の専門家が相手国政府に入って技術移転を行うものです。政策アドバイザー型の専門家が多いようです。このタイプの専門家は国家公務員かあるいはそれに準じた人材が当てられます。

開発調査というのは、日本から専門家によって構成される調査団を派遣し、相手国政府に対し、技術援助を行うものです。プロジェクト型に比べると現地での常駐期間は短いものですが、必要な専門家によるチームですから、どのように課題克服のための調査を実施するのか相手国政府の担当者と一緒になって進め、効果のある技術移転を図るというものです。大きな開発調査では、必要機材が日本から運ばれたり、現地調達されたりし、調査後には相手国政府に寄贈されます。

こういう調査ものは、ドイツのGTZなどもやっていて、寄贈された機材や資材が有効活用されているのをよく見ることがありました。日本からの寄贈、供与物件が割り合い大きなものであるのに対して、外国の援助を見ると簡易なものが多いという印象を私は持っています。

開発調査では、普通は事前調査というものが行われるようです。相手国の要請に応じて一気に開発調査を実行してしまうというよりは、事前に現地の状況を調査して本格調査に入るという手法はリーズナブルなものでしょう。開発調査や事前調査は、JICAの職員と関係省庁の技術者、それにコンサルタントが携わるのが一般的です。コンサルタント会社はJICAにより業務委託契約がなされることになります。

プロジェクト型は1年以上の長期に渡って専門家が被援助国に滞在することになるので、人材を求めるのが大変ですが、開発調査では現地にぴったりと張り付いている必要もないので、人材の確保は比較的楽なようです。国の機関でも会社でも、長期に渡って人材を放出するというのは難しいことですからね。

個別派遣専門家の方に話は戻りますが、この職種について批判がありました。各省庁がポスト化しているという批判です。現在は、JICAはできるだけ継続的派遣をしない方向にあるようです。私は、メリット・デメリットがあると考えていますが、現在は期間限定で技術移転を行うという方針のように見えます。

メリットというのは、開発途上国に対する技術移転という日本からの支援を通して、両国の関係を良好に保つという役割があると思います。被援助国が、常駐する専門家に対して必要な支援を依頼する、あるいは専門家がより有効な技術移転の分野を探すということができるからです。

また、被援助国の人材と交流を深め、長期に渡って技術援助を行うというのは、長い目で見た場合、日本の援助という価値を高めるものだと考えられます。2,3年で帰国してしまうのでは、それだけの技術援助だったということで、いずれ忘れられてしまっても仕方がないと思います。

被援助国の幹部、さらに幹部候補生たちと接触を保ち、技術分野で日本国と良好な関係を維持していくという付き合いができるといいと思うのですが、現在のJICAはこういう方向ではないようです。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-16 14:17 | えるだまの観察
2006年 09月 15日

国際協力について(4)技術移転の方法①

JICA(国際協力機構)は、毎年世界に千数百人の専門家を派遣するなどこれまでに多くの実績を持っています。私は、一番強力な技術協力はプロジェクトチームによる大掛かりなものだと思っています。供与機材は充実しているし、必要な人材で構成されたチームが一丸となって長期に渡って技術移転を実行するからです。

プロジェクトチームは、供与機材の使い方だけでなく、必要な知識を与えるためのセミナーを実行したり、カウンターパートに対する技術移転を行います。広い分野の専門家がいる訳ですから、さまざまな課題に対する相談にも乗れるものです。

私は、JICAのすべての活動を知っている訳ではありませんが、土木、農業、工業、環境などの分野では主として研究機関に対してこのようなプロジェクト型の技術移転が行われているようです。被援助国の体制や環境が整っていれば、こういう技術協力は大きな成果を生むものと思いますが、それでも現実にはいろいろな問題があるものです。

思いつくままですが、いくつかの問題点を列挙してみましょう。まず、一番大きな問題として挙げられるのは、相手国の人材ということが挙げられるかも知れません。日本側からいくら優秀な専門家を派遣しても、相手方に適当な受け皿がないのでは、技術移転が効果的に実行されることは難しいでしょう。

開発途上国では、国の政府と言っても給料の官民格差が大きいのが一般的なので、なかなか優秀な人材を確保することが難しいという背景があります。最悪の場合は、日本からの技術移転を受けた当事者が、その技術を売り物にして転職してしまうということすらあります。転職については、当事者にとって一番大事なことですから、他人がとやかく言えるものではないでしょう。ただ、技術移転を行う側の人にとってはこれほど痛いダメージはありません。

かと言って、転職しそうもない人材に期待しても、やはりそれだけのことでなかなか技術移転が進まないものです。プロジェクト型の技術移転でもそうですが、現地だけでは十分な教育、研修が行えないので、日本での研修コースを用意することがあります。この研修を修了したという証書も転職には有利に働くようです。

二番目に大きな問題は、組織上のボタンの掛け違いということがあるかも知れません。相手国政府の考えることと日本側の考えていることに食い違いがあるということです。組織を有効に機能させたくても、相手国政府の組織間の制約で、技術移転した内容を業務として遂行できないという問題が起きることもあります。これは大きな問題なのですが、日本側と相手国の代表者とが気長に協議を進めるしかないようです。

三番目に挙げられるものとしては、相手国の文化、習慣の違いに起因する問題があるでしょうか。外国人専門家は利用するものと考えている人もあるようです。ひどい例では、専門家が政府機関の研究者の博士号の取得の手伝いをさせられるというものもありました。個人の資格取得に専門家を利用するというのは日本では常識外ですが、世界にはいろいろな価値観があるものです。

その他にもさまざまな問題があります。例を挙げたらキリがないくらいです。プロジェクトチームの中の人間関係、カウンターパートとの人間関係、日本人の外国での生活上の問題、事故や犯罪、プロジェクトチームはそれらの問題を乗り越え、有効な技術移転を目指してさまざまな努力をしているものです。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-15 07:46 | えるだまの観察
2006年 09月 14日

国際協力について(3)被援助国とのギャップ

前回は日本側の国際協力について触れましたが、今回は被援助国の考え、姿勢というものについて考えてみたいと思います。日本側が良かれと考えて実行しても、相手側の考えが分からないのでは、せっかくの日本の援助や技術移転の努力が迷走してしまう可能性がありますからね。

大抵の国の政府の人々は、自分の国にないものはお金だけだという考えがあります。自尊心から来るものでしょうが、自分の国の教育水準の低さを認めても、自分は別だと考えているようです。ですから、日本側が日本の技術を移転したいと行動しても、そこにはギャップがあることが多いと思います。

問題点として最初にあげるべきものは、総論と各論とのギャップでしょうか。日本は技術大国であり、優れた技術持っているということですから、日本からの技術援助について被援助国の局長クラスの人たちは大歓迎です。被援助国から要請書が日本政府に上げられて、JICAから要請に応えられる専門家たちがやがて派遣されます。その形態は、要請に応じてプロジェクトチームであったり、開発調査と呼ばれるものであったり、個別派遣専門家であったりします。

日本人チームや専門家のカウンターパート(相手)は、大抵部長、次長クラスということになりますが、このような高官の方々は非常に多忙なことが多く、ミーティングを予約しないと打ち合わせがなかなかできないものです。そういう現状のなか、打ち合わせを済ませ、いよいよ実際の技術移転活動になりますが、この段階でギャップが鮮明になって来ることが多いと思います。

第一の問題は、ボタンの掛け違えでしょうか、日本人チームが現場に行って担当者たちと話をすると、被援助国が求めている技術移転の内容が要請書とは違っているということがあったりします。土木工学のように古い歴史を持つ分野では、日本の技術が優れているとは頭で分かっていても、その国でのやり方があるということで、技術移転に対して後ろ向きということすらあります。

また、要請に広範囲な分野が含まれていて、日本側が全部はできないので、半分くらいの範囲だけを支援するというような場合もあります。被援助国は要請の内容と違うという不満を持っているので、日本側の努力をなかなか認めてくれないということもあります。これらの場合は、打ち合わせをしたり協議をしたりして、技術移転活動を進めながらして相手方の理解を求めるということになります。

第二の問題は、タイムラグでしょうか。どこの国でも政府の中の人事異動というものはつきもです。要請書が日本に送られ、日本側が技術移転の態勢を構えて現地に乗り込んだとき、要請をした局長や担当者が異動してしまったというケースもあります。前任者の要請したことだからよく分からないというような状況が生じることがあります。

また、個別派遣専門家の場合は、そもそも個人でできる領域は限られているで、被援助国が強く求めている分野の面倒を見ることができないということもあります。この場合、さらに必要な分野の専門家の派遣を手配するということになりますが、それが実現するまでには1年くらい時間が掛かるという問題が出て来ます。

第三の問題として、被援助国の「援助馴れ」ということを上げたいと思います。開発途上国の中には、先進国からの援助に馴れてしまっている国もあり、技術移転の内容というよりも、日本から供与される機材や日本での研修制度などにだけ関心を持つ人たちがいたりします。悪い例では、局長など自分の職場の予算不足を補うつもりで日本側の援助を求めてくるということもあります。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-14 10:06 | えるだまの観察