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えるだま・・・世界の国から

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2007年 10月 09日

遥かなる遺産 Part2(1)

平山がパワーポイントを使ってプレゼンテーションの資料を準備していると、電話が掛かって来た。もちろん、平山が受話器を取ることはない。秘書のアツーサが話をし始めたが、ペルシャ語なので平山にはその内容は分からない。アツーサはオフィスでは、髪を隠すための黒い色のヘジャブと言われるものを被っている。

アツーサは電話で話が終わると、平山に向かって言った。

「ミスター・平山。マジディ部長からの電話でした。ピラステ局長がケルマンシャー州に一緒に行きたいそうです」
「へぇ、局長がねぇ」
「どうしましょうか?」
「もちろん、歓迎するさ。航空券を手配してください」
「はい、分かりました」

平山が主催するケルマンシャー州でのセミナーの話だった。ピラステ局長は平山の働いている組織の長で、テヘラン州の州局長というポストである。局長には200人もの部下があり、政府高官の会議ならともかく、その局長が平山の主催する技術的内容のセミナーに出席するというのは、ちょっと意外な申し出だったのである。

そして、ケルマンシャー州に対しては、実のところ平山の専門分野の技術移転をするには、まだ時期が早いと思われ、知識を与えるという程度のものを考えていた。本庁からの依頼で平山はセミナーの開催を承諾したのだったが、ピラステ局長の参加はまったく予想していなかった。

ケルマンシャー州には、平山のカウンターパートであるマジディ部長、その部下のハジハディ氏、そして本庁からシーマ女史が参加することになっていた。もちろん、秘書のアツーサも通訳として同行する。セミナーでは、マジディ部長にも、ハジハディ氏にも出番を与え、これまでの技術移転の内容をイラン人同士でやってもらうという企画にしていた。

しばらくして、再び電話が鳴った。

「ミスター・平山。マジディ部長が来てほしいと言っています」
「そう、直ぐに行くと伝えてください」

平山とアツーサは、オフィスから出てマジディ部長のいるラボラトリーに向かった。歩いて5分くらいの距離である。5月を過ぎ、すっかり初夏の陽気になっているが、ラボラトリーの内部はとても寒い。冷房をしている訳ではないのだが、ばかでかいラボラトリーはなぜかよく冷えるのだ。

平山は、マジディ部長の執務室に入りながら声を掛けた。

「サラーム。ハレショマーチェトレー?」(こんにちは。ご機嫌いかが?)

平山は、挨拶程度はペルシャ語でできる。マジディ部長はニコニコしながら嬉しそうに平山とアツーサを向かえた。マジディ部長は、平山とだけでなくアツーサとも握手をする。これはイランでは非常に珍しいことだが、アツーサが平山の雇った私設の秘書だからなのだろう。

アツーサは、職場で強制されるから黒いヘジャブをしているが、本当はカラフルなスカーフを着用したいのだ。許されれば、スカーフすら被りたくないのだろうと平山は思っている。挨拶を交わしているとテクニシャンのサーハンディが紅茶を淹れて来てくれた。

平山は、イラン人のやるように角砂糖を口に放り込み、そして紅茶をすすった。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。

by elderman | 2007-10-09 00:05


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