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えるだま・・・世界の国から

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2007年 03月 04日

天使の都(3)

私はまずプロジェクト・リーダーの黒木さんとシニア・アドバイザーの堀井さんと挨拶を交わした。リーダーの部屋はタイ人秘書一人と調整員の福島さんが一緒に使っている執務室であった。多分、私の来るのを待ち受けていたのであろう、堀井さんは丁度リーダーの部屋にいたのだった。立派な建物自体の見かけとは裏腹に日本人チームの部屋は何の飾り立てもない普通の事務室であった。

私は堀井さん、いや堀井先生と呼んでもいいくらい、彼は全国的に有名な方である。彼の前では私の方がはるかに無名の研究者だと言えるだろう。堀井さんは国家公務員を退職されていて2年の任期でこのプロジェクトに参加されているのであった。

私は堀井先生とはこの時が初めての対面であった。学会などで会っていても不思議ではなかったのだが、どういう訳かすれ違いが多かったようである。もちろん論文で彼の名前はよく知っていた。穏やかな表情の下には確固たる自信のある表情がみてとれた。私は自分自身がまだ青い存在を認めないではいられなかった。そんな堀井先生であったが、口から発せられた言葉は優しかった。

「花井先生、とんだ田舎までお疲れ様。」
「はい、初めて来ましたが、いい環境ですね。」
「ここまで毎日通っているだけで立派な仕事というものです。」
「バンコクから大分時間が掛かるようですね。」
「この渋滞ですから、毎日大変です。」

リーダーの黒木さんは明朗な方だった。どんなことでも話のできそうな頼もしい人柄にみえた。この仕事の前には南米に長くいたとのことで、スペイン語は得意だが英語は少し苦手のようだった。私は彼の笑顔の裏に少し苦労が見えたような感じがした。

「花井先生。お疲れ様でした。」
「日本から6時間ですから近いものです。」
「いやぁ、そう言っていただければ・・・あはは」
「これから3か月よろしくお願いいたします。」
「どうもどうもこちらこそ。初めてのタイということならタイを楽しんでください。わはは」
「そうですね、東南アジアは初めてなので楽しみです。」

明るい性格の黒木リーダーで私はほっとした。このプロジェクトチームが仕事ばかりのワーカホリック集団ではたまったものではないというのが私の不安だったのだ。チーム員は大学や国の機関、それに地方自治体から派遣されているのであった。私のような大学の研究機関勤務では勤務時間というのはあってもないようなものなのだ。逆に言えば、家にいても通勤の途中でも研究から解放されないというのが研究者の宿命でもあるのだ。

「花井先生、これからここの所長のポーンティップさんにご紹介しましょう。」

私はリーダーについて所長室に向かった。所長室は建物の入り口に近いところにあった。所長室は細長い作りであったが、その中にはソファーがあり、それなりの風格を持っていた。私には黒木リーダーの事務室とは大違いに見えた。所長秘書に案内され中に進むと、所長は自身の執務机に座っていたが携帯電話をしている最中であった。

ポーンティップ所長は色白でやや小太りな中年の女性所長であった。その所長が愛想のいい笑顔で私たちを迎えようとしていた。

(つづく)

by elderman | 2007-03-04 23:30


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