2006年 11月 27日
直紀に続いて、モテサディ、レイラ、原田が順々に通路を抜けて扉を確認した。全員が井戸から出ると、直紀はモテサディに、井戸の蓋を戻して土砂を上に乗せるように頼んだ。もちろん第三者の侵入を防ぐためである。そして、文化財保護事務所のスタッフにはこれが極秘調査であることを言い含めた。 直紀がモテサディに聞いた。 「もう一つのラピスラズリの小箱の所有者のことですが、マフィアかなにかでしょうか?」 「うーん、それに近い連中とみました。」 「すると小箱を手に入れるのは相当難しそうですね。」 「そうでしょうね、彼らもアケメネス朝の財宝とラピスラズリの小箱に関係があると考えているようですから。」 「うーん、どうするか。」 「一筋縄でいかない相手ですから困りました。」 原田が割り込んできた。 「取引というのはどうでしょうか?」 「マフィアとの取引というのは危険ですねぇ。」 「私もそう思う。」 直紀がそう言うと原田が噛み付いてきた。 「何もしないでいたら、何もできないじゃないか。」 「ならマフィアを脅せとでも言うのかい?」 「それは無理だろうな、いくらなんでも。あはは」 「説得はもっと難しそうだよ。」 「うーん、困ったもんだ。」 「取りあえず、ムッラーのハビビアンに連絡して協力をお願いすることにするか。」 「とにかく小箱が全部集まらないことにはなぁ・・・」 その頃、メヘラバッド飛行場では大捕り物が行われていた。日本とイランのチームが共同して、イラン人が日本人の運び屋にアヘンを渡すところを現行犯逮捕しようとしたのだ。荷物を受け取った日本人はそのままあっさり逮捕されたが、渡したイラン人は人混みを利用して飛行場の建物から飛び出した。それを追いかけるのは二人の日本人と二人のイラン人警察官である。 飛行場の駐車場にはいつものように送迎のための車と人々がひしめき合っている。逃げるイラン人はよく見えるが、人混みのせいで銃を発砲することができない。逃げるイラン人は駐車している車の上に登り、次から次へと飛び移っていく。日本人のうちの一人が同様に車の上に登り、追跡を続ける。追いかけるのを止めた日本人の一人は大きく迂回して、立体駐車場の方に向かった。 逃げるイラン人は人気のない方向には逃げられない。銃で狙い撃ちされるからである。人混みの中へ中へと逃げていく。イラン人警察官は駐車場の出口を固めに回った。逃げるイラン人は人混みを隠れ蓑にしながら大回りして立体駐車場の中に入って行った。 人の気配がないのを確認して、追跡している日本人は2発、発砲したが、それは駐車している車の窓ガラスに穴をあけただけだった。逃げるイラン人は頭を低くして駐車している車の陰に隠れながら巧妙に移動している。 イラン人は車の陰から追いかける日本人を狙ってピストルを発砲した。日本人はすかさず車の陰に隠れた。弾丸は彼の隠れた車のヘッドライトのガラスを粉々に砕いた。日本人がひるんだ隙にイラン人は再び走り出した。 追いかける日本人も負けずに態勢を立て直して追いかける。イラン人は再び車のボンネットから天井に登り、駐車している車の向こう側の列まで逃げた。追いかける日本人が同じ行動をとったら狙い撃ちされてしまうだろう。追いかける日本人を釘付けにしたイラン人は駐車場から脱出しようと走り出した。 しかし、そこには先回りしていたもう一人の日本人が待っていたのだ。後ろを見ながら走ってきたイラン人に日本人が言った。 「止まれ!タレビ!」 「けっ!止まる訳ないだろ、俺は逃げているんだ!」 タレビと呼ばれた男は、ズボンからピストルを出して、ためらいもせずに日本人に向けて発砲した。ピストルの弾は日本人に命中したかに見えたが、その日本人はそのままイラン人に組み付いた。 「この野郎、放せ~!」 「けっ!放す訳ないだろ!俺は捕まえたいんだ!」 イラン人の持っていたピストルは叩き落とされた。そこに追いかけていたもう一人の日本人がやって来た。 「よーし、手を挙げろ!日本語では通じないか。おい、江田、ペルシャ語で言ってくれ。」 「もう手を挙げているじゃないですか。」 「銃を向ければ世界共通でそうなるらしいな。うはは。」 「藤波さん、こういう時には言葉は無用かも知れませんね。」 「こいつを捕まえても口を割るかな?」 「どうでしょうね、こいつをイラン警察に引き渡すんでしょ?」 「そうするしかないしな。」 「この国では麻薬の密輸は重罪ですから、ちゃんとやってくれるでしょう。」 「ボスを捕まえないことには話しにならん。」 イラン人警察官も容疑者が捕まったのを知ったらしく、三人のところにやってきた。江田と呼ばれる日本人の胸には、先ほどタレビが撃った弾丸が命中した痕が付いていた。イラン人警察官は、それを見て日本の防弾チョッキの優秀性を改めて認識したようであった。 藤波が江田に言った。 「それにしてもよく先回りできたな?」 「状況をみて、予測しただけです。」 「ふふ、江田らしいやり方だな。」 「はい、私は重いので藤波さんほどは早く走れませんから。」 「少しはスポーツでもしたらどうだい?」 「私はPCの前に座っているのが好きですから。」 「まったく、おまえらしいよ。あはは」 テヘランのホテルに戻って来た直紀と原田は少し疲れていた。アケメネス朝の財宝でも見つけていれば疲れなど何でもないだろうが、鍵となるラピスラズリの小箱の一つがイラン人マフィアの手にあるのだ。バム訪問は財宝の在り処の入り口の発見という大きな成果をもたらしたが、そこで門前払いにあった直紀と原田であった。 ホテルの部屋に戻り何気なくつけたテレビだったが、そこでは考古学博物館で起きた事件のニュースをやっていた。しかし、直紀にはペルシャ語放送なので何がニュースなのかさっぱり分からなかった。そこで、直ぐにレイラの家に電話をしてみた。 「ハロー。レイラ。ハスタナボシ。」(もしもし、レイラ。お疲れ様) 「ハロー。ショマー・ハスタナボシ。」(もしもし、あなたこそお疲れ様) 「今、テレビのニュースで考古学博物館のことをやっていたけど、見ましたか?」 「はい、考古学博物館で例のラピスラズリの小箱が盗まれたそうです。盗まれたのが金目のものでなくて、それだけなので不思議な盗難事件だってニュースでは言っていました。」 「へぇ、ラピスラズリの小箱ってそんなに価値があるものだったのか・・・」 「アケメネス朝のものですから、骨董品としては相当な値段かも知れませんね。」 「まさか、財宝と関係があるなんて知っている人はいないだろうしなぁ・・・」 「そうですよね、私たちだけでしょうね。」 「ま、いいや、分かった。ありがとう。」 原田は眠そうにしていた。まだ夕食の時間にもなっていないのだが、疲れているのだからしょうがない。それに直紀も眠たかった。 直紀が起きると、昼寝をしていたはずの原田はどこかに出かけたらしく姿がなかった。直紀は、自分がすっかり寝込んでしまったので、原田は時間潰しに近くをぶらぶらしているのだろうと思った。すると電話が鳴った。 「もしもし」 「俺だ、原田だ。」 「どうしたの?」 「誘拐されちゃった。すまない。」 「え?!」 「果物を買いたくて八百屋までと思ったんだけど、狙われちゃったらしいや。」 「今、どこにいるの?」 「・・・・・・・」 電話から声が聴こえなくなった。 「ダメだ、余分なことを言うなって・・・」 「おいおい、本当かよ。」 「本当なのだ。すまない。」 「で、なんだって?」 「ラピスラズリの箱って言っている。」 「うーん、言葉が通じないのか?」 「英語をちゃんと話せないみたいだし・・・」 「これは困ったなぁ」 日本人を誘拐するなら、誰か言葉が通じる人間を用意すべきだろうに、まったく妙な犯人だ。そう思っても現実に起きてしまっていることだから、どうしようもない。こうしていても埒が明かないので直紀は言った。 「30分後に電話をもう一回掛けてくれないか?」 「OK、伝えてみる。」 「どう?」 しばらく電話からの返事はなかった。原田が一生懸命に犯人を説得しているようだ。 「また、電話する。ブチッ」 突然、電話が切れた。直紀は急いでレイラのところに電話をした。 「ハロー、レイラ、悪いけど至急こちらに来てくれ。」 「どうしたんですか?」 「原田が誘拐されちゃったんだ。」 「え!」 「言葉が分からないんだ。頼む、直ぐに来てくれ!」 「分かりました、直ぐに行きます。」 直紀には悪い考えが浮かんだ、よもやモテサディの言っていたイラン人マフィアが、ラピスラズリの小箱を博物館から盗んで、原田を誘拐したのだろうか。狙いはもちろん、アケメネス朝の隠された財宝である。ペルシャ語のできない直紀ではこういう時にはどうしようもない、ひたすらレイラの到着を待つばかりであった。 レイラは本当に急いで来てくれた。話をして20分も経っていなかった。 「サラーム、カワシマさん。」 「ありがとう、来てくれて。」 「いいえ、それより原田さんはどうですか?」 「30分後に電話をしてくれと言っておいた。」 「じゃあ、もう直ぐかかって来ますね。」 「この事件、博物館の事件ともつながっているんじゃないかな?」 「え?まさか・・・」 「そう、その『まさか』かも知れない。」 「アケメネス朝の財宝ですか・・・」 「例のマフィアの仕業かもなぁ。」 「どうして私たちが隠し場所を発見したって知っているのでしょうね?」 「さあ、私が聞きたいくらいだ。」 そうしていると、電話が掛かって来た。レイラが出ると電話の向こうは犯人のようだった。直紀には言葉が分からないが、どうやらレイラは相手の要求を聞いているようだった。 「カワシマさん、犯人はラピスラズリの小箱を全部集めるように言っています。」 「そんな、私が持っているのは一つだけだ。」 「あと2個ほしいと言っています。」 「知らないって言ったらどうなるのかな?」 「原田さんを殺すかも知れません。」
by elderman
| 2006-11-27 16:40
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海外在住13年余、渡航国数は40か国です。海外在住と海外旅行の記事、世界の花の写真、エッセイなど盛りだくさんです。現在は日本在住です。★お気楽にコメントをいただければ大変嬉しく思います。 by elderman カレンダー
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