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えるだま・・・世界の国から

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2006年 11月 27日

ペルシャの秘宝(12)

 川島直紀がムッラーに会っている頃、シラーズでは考古学研究者のモテサディがセイリにもう一つのラピスラズリの小箱を見せられて唸っているところであった。
「確かにこれは博物館にあるものと同じです。」
「でしょ、だから先生の知っている他の箱についても教えてくださいな。」
「分かった、取引だから教えよう。博物館のものは『遥かなるノガン』、私が預かっていたのが『ササン朝の栄華、永遠に』だ。そしてあなたのものが、『永遠のハディーシュ』・・・これらはいったい何を意味しているのだろうか・・・」
「先生、それはこっちが聞きたい内容ですぜ。」
「そうだろうね。」
「ところで先生、その小箱の持ち主の名前は何て言いますか?」
「そこまで必要なのか?」
「これは取引ですぜ。」
「そっか、あんまり関係ないようだが、名前は『カワシマナオキ』と言ったな。」
「へい、ありがとうございます。」
「まさか妙なことはしないだろうな?」
「ちょいと話をさせてもらうだけですよ。」
「そうか、事を荒立てるようなことはしてくれるなよ。」
「そりゃ、こっちだって望まないところでさぁ。」
 セイリが去っていった後、モテサディの表情は優れなかった。自分の知識欲のために何の罪もない日本人の名前を怪しいセイリに教えてしまったからだった。小箱の記述が必要ならそれはもう分かったはずだ。まさか変なことはしないだろうというのがモテサディの考えだった。

 モジュガニがセイリに言った。
「やはりな、日本人が小箱の持ち主だったか。」
「へい」
「日本人ってぇのは金の力にものを言わせて何でも買いまくるからなぁ・・・」
「羨ましいかぎりで。」
「羨ましがっている暇があるなら稼ぐ方法でも考えろ」
「へい。で、日本人はどうしますか?」
「外国人ではどうせ何もできないだろう。やつの小箱が必要になったら、ちょっと脅かせばいい。でも、帰国されちゃうとまずいか・・・ちょっと調べて来い。」
「チャシム。」(御意)

 テヘランのメヘラバッド飛行場から出てくる二人の日本人がいる。JCIA(Japan Central Intelligence Agency)のエージェントの藤波と江田の二人である。
「藤波さん、イランは初めてですか?」
「いや2度目です。でも前回は10年くらい前のことです。」
「イランの雰囲気は変わっていますか?」
「そうね、少し開放的になって来ているように見えますね。」
「そうなんですか、たくさんの女性が黒いスカーフをかぶっていますけどね。」
「以前はもっと厳しかったですよ。黒いヘジャブだけでなく、黒いチャドルか長いコートが義務付けられていました。」
「そういえば若い女性は、色のついたスカーフをしているし、髪の半分は出していますね。」
「イラン・イスラム・共和国という名前のとおりイランはイスラム教シーア派の総本山みたいな国なんですけど、国民の意識はなかなか宗教指導者たちの思惑のとおりには動いていないようです。」
「男性にもいろいろあるようですね。黒いターバンとか白いターバンとか、あるいはまったく普通の姿の人々とか。」
「黒いターバンはプロフィット、預言者モハンマドの直系の出身者ということです。白いターバンの人はムッラーとか呼ばれる宗教指導者です。男性もよく見てください。ネクタイをしている人としてない人がある。」
「どちらでもいいということではないのですか?」
「政府関係者はネクタイをしません。欧米の文化に対する抵抗の意味があります。」
「なるほど」
「ネクタイをしているのは民間会社で外国人との付き合いがあるのでしょう。」
「ちょっと見ただけでいろいろなことが分かってしまいますね。」
「我々の仕事ではまず観察力ですから。」
「そうですね。私もいろいろ観察してみましょう。」
「しかし、今回の任務で江田さんのようなハイテク技術を駆使できる人材が必要だったのでしょうかねぇ。」
「そう言えば、最近はコンビを組まされることが多いですね。」
「映画みたいに美人の相棒ならいいんだけどね。」
「あはは、すいませんね、無骨な男性で。」
「いやいや、任務遂行ではよろしくお願いします。頼りにしています。」
「はい、せいぜいお役に立ちましょう。」

 川島直紀にはいくつもの疑問が浮かんできた。①博物館のラピスラズリの小箱はいつからあるのか、②モテサディの言っていたもう一つの小箱はどうして入手できたのか、③その小箱にはなんて書いてあるのか、④呪いなんて本当に存在するのだろうか、⑤2500年も前の財宝が盗掘もされずに現存しているだろうか、⑥アミール・アルデスタニはどこまで真実を知っていたのだろうか、⑦ムッラー・ハビビアンの話はあれですべてだろうか、⑧カリム・アルデスタニは自分の都合でムッラーの後継者にならなかったのだろうか。これまで聞いた話を疑い出せばキリがないようだ。これらの疑問のうちには問い合わせれば済むことがある。①、②、③について直紀はレイラに電話で聞くように頼んだ。
 考古学研究者のモテサディはなかなか捕まえられないようだった。博物館への問い合わせはうまく行ったようで、回答が得られた。
「カワシマさん、博物館のラピスラズリの小箱は寄贈されたとのことです。」
「いつのことだって?」
「それが20年前でした。」
「ふむ、するとアミール・アルデスタニが分散させようとした意図には沿うが・・・しかし、彼は2個しか小箱を持っていなかったのではないのか?」
「そのはずですね。」
「偉大なムッラーのモハンマド・ホセイニが2個を失くしたというのは作り話なのかもしれない。」
「確かに賢者が大事なものを失くすというのはおかしいですね。」
「まてよ、アルデスタニが後継者のハビビアンにそう伝えたとしたなら矛盾はない。自分で分散させようとしたのだからねぇ。」
「はい、辻褄は合います。」
「それにアミール・アルデスタニの奥様は3個見たと言ったようだったが。」
「よく見えなかったとも言っていたような・・・」
「もう少し考えてみよう。ともあれモテサディさんと連絡を取ってほしい。」
「はい、やってみます。」
 直紀には呪いなんて話は信じられない。外敵から守るための何かトリックというか仕掛けではないかと考える方がまともであろう。
 考古学研究者のモテサディは政府の仕事の終わる4時頃になってようやく捕まえられた。
「カワシマさん、モテサディさんはもう一つの小箱を実際に見たそうです。」
「ほう、それで?」
「書いてあるものは分かったけど、入手経路は聞けなかったと言っています。」
「そう、それじゃしょうがないね。で、何て書いてあったの?」
「『永遠のハディーシュ』だそうです。」
「ハディーシュってなんだろう・・・どこかで聞いたことがあるようだけど・・・」
「ペルセポリスにあったでしょう。クセルクセス1世の宮殿でしたか。」
「へぇ、素晴らしい記憶力だね。」
「まだ若いですからね。えへへ」
「これも場所を意味しているのか、ふむ」
「モテサディさん、テヘランに出てくるときには電話をくれるそうです。」
「そうか、分かった。」
「ところで、ちょっとイランの地図を見せてくれないか。」
「はい、ちょっと待ってください。」
 レイラが出して来た地図にはイランの主要都市が表示されていた。
「ノガンっていうのはマシュハドのこと、それにペルセポリスか。二つの都市を結ぶとキャヴィール砂漠のど真ん中になっちゃう。こんなところに財宝があっても見つけることはできそうもないな。それより運んで行くことすら難しかったはずだ。」
「もう一つの小箱には、『ササン朝の栄華、永遠に』でしたね。」
「うん、それと最後の小箱には、『ライオンは高所で吼え、地下に眠る。』だった。」
「最後のものは他のとはちょっと違ってかなり具体的に思えます。」
「そうだね。『ササン朝の栄華、永遠に』というのはかなり抽象的過ぎる気がするなぁ。」
「場所を正確に示すには2本の線が必要ですね。」
「そうだね。4個の小箱なら位置を示すことができるだろうな。」
「ササン朝の首都はクテシフォンにあったと言われています。」
「イラクのクテシフォンか。」
「ご存知でしたか。」
「クテシフォン遺跡はバグダッド近郊だから、マシャッド、ペルセポリス、クテシフォンで二等辺三角形ができるな。」
「ではその中央でしょうか?」
「ほぼ中央にはエスファハンがあるけど・・・エスファハンというのはかなり新しく開発された街だった。いや、エスファハンにもアケメネス朝の君主が住んだと推定される場所があると言われていたなぁ。」
「するとエスファハンのどこかにアケメネス朝の財宝が埋蔵されているのでしょうか?」
「ま、一つの可能性ってことだけど、どうだろうね?」
「では、エスファハン周辺にあるアケメネス朝時代の遺跡を調べてみましょう。」
「うん、そうしてくれると助かります。」
 この時点で、4つのラピスラズリの小箱に書かれているものを知っているのは、直紀とレイラだけである。

by elderman | 2006-11-27 17:10


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