えるだま・・・世界の国から

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2006年 06月 22日

浦島太郎の雑記(20)携帯電話

世の中、世界的に便利になって来ていますね。その代表のような携帯電話は、今や発展途上国でも多くの人たちが使っています。発展途上国では、「馬跳び現象」が起きて、自宅に電話がないという人も少なくありません。有線電話の時期をジャンプして一気に電波による通信に進んでしまったのです。

一人一人が携帯電話を持てば、家に電話を置く必要はなくなります。日本では、有線電話からの発達を経験しているので家に電話があるのは当たり前だと考えているのではないでしょうか。ちょっと前まではFax通信が便利だったので、家のFax電話は重宝なものでしたが、今やそれも電子メールに置き換えられて、プリントアウトすればいいだけになりました。

ヘソ曲がりの私は携帯電話を持っていませんが、もしも全員が携帯電話を持っているならば、家の電話は無用の長物になるんじゃないでしょうか。現在は、携帯電話を使わないお年寄りがいるから、家の電話というものが必要なのでしょう。若い人たち、結婚して新居を構えても、それぞれが携帯電話を持っていたら、家に電話を引こうとはしないのでしょうね。

その便利なはずの携帯電話ですが、近頃の様子をみているとそうでもないことに気がつきました。知り合いや友人同士での携帯電話では問題はありませんが、例えば携帯電話のバッテリーがあがってしまい、公衆電話から電話を掛けたりすると相手が出ないことが多くありそうです。緊急の用件で自分の携帯電話が使えないという状況では困ったことになりそうです。

この理由は、ワンギリと言われる社会的迷惑行為のせいなのでしょう。掛けられた電話番号で相手が特定できないと携帯電話が鳴ってもでないということがありそうです。自分の携帯電話がないとき、案外相手の携帯電話と通話することは難しいようです。便利なようで、便利ではないような。これでは常時自分の携帯電話を携行し、旅行中でも充電器を忘れずに持参しないといけないようです。

通話できない状況というのは、電車による移動中というときにもありますね。仕事中、講演会、美術館などもそうですね。こういう場合では、マナーモードでメールを受信し、メールで返信することはできます。

誰だかが言っていましたが、命の次に大事なものは携帯電話だそうで、そういう時代なのでしょうか。娯楽の少ない発展途上国では、携帯電話によるおしゃべりが娯楽になるということは分かるのですが、日本のような忙しい国でも携帯電話は必需品のようです。カメラが付き、メールが出せて、音楽が聴けて、時計にもなって、メモ帳にもなる。日本の外では、ここまで多機能な携帯電話をあまり見かけません。

私は、海外在住の際、イラン国を除いては携帯電話を持っていました。実際問題、マレイシア、ベネズエラ、タイでは携帯電話は必需品でした。仕事でというよりも、ゴルフの連絡という目的でしたけどね。イランでは、あまりにも間違い電話が多いし、ゴルフの機会も限られていたので、携帯電話を持たないことにしました。

アパートには電話はあるし、運転手も秘書も携帯電話を持っているので私が持たなくても全然困りません。イラン人からのしつこい間違い電話に煩わされることもありません。イランではそもそも急用なんてものはまずありませんから、携帯電話がなくても困ることはありませんでした。携帯電話がないというのは開放的なのですが、お使いになられている方はそうは思わないのでしょうねぇ。
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by elderman | 2006-06-22 01:13


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