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2006年 02月 14日

呑兵衛の戯言(14)蒸留酒のルーツ

いろいろ蒸留酒のことを調べてみたら、そのルーツ伝播経路を知りたくなりました。ネット検索などでいろいろな情報を総合してまとめてみました。アイデアはギリシャのアリストテレスから始まり、アラビア(つまりイラク)で蒸留酒技術が開発され、ヨーロッパでは錬金術師が腐らないワインとしてブランディの製造をしていたようです。

アラビアから始まった蒸留酒の技術はその後広く伝播して行ったようです。陸路ではイラン、インド方面、そしてロシア、北欧、英国へ、さらに地中海方面へとです。海路ではインドネシア、シャム王国、琉球、それから中国に伝わって、朝鮮半島を経て日本本土へというルートもあるようです。

その後、大航海時代を経て今や世界中で蒸留酒が製造されるようになったということです。

古代ギリシャ:紀元前4世紀、蒸留器の存在・・・実際に蒸留酒を作ったかどうかは不明。
         アリストテレス(BC384-322)のアイデアによる蒸留器
         蒸留器=アンビクス → アラビア人、アラビア語=アランビック 
         → ロシア、ヨーロッパ(北欧、アイルランド、スコットランド)
         → ヨーロッパ(地中海経由)
         → インド、インドネシア 
         → シャム(タイ国) → 琉球王国(沖縄)
         → シャム(タイ国) → 中国、朝鮮半島 → 日本本土

伝説:キリスト教の伝道師、聖パトリック(373~463)が蒸溜技術を教えたといわれています。でもこれは伝説で当てにならない感じです。

アラビア:蒸留酒の製造技術は中東で発見されたと言われています。→ アラク
     7世紀の半ば、イスラム帝国、レバノン、イラクのアラック(ナツメヤシの実から)

ブランディ:8世紀頃にはヨーロッパでワインの蒸留が錬金術師によって行われていた。
      スペイン13世紀、フランス14世紀・・・ワインは腐るから高アルコールが好都合

ポーランド:11世紀にウォトカの記述があるそうです。

ロシア:12世紀、ウォトカに関する最初の記述があるそうです。

ウイスキー:12世紀、アイルランド、ウスケヴォ
       15世紀末、アクアビテの記録(大蔵省)、アイルランド → スコッチへ

インドネシア:バタビア・アラック(サトウキビから)、ジャワ島、年代不明
        オランダへ熟成、ヨーロッパのアラックとも言われるそうです。

タイ:ラオ・ロン(ラオ・カウ)・・・泡盛の元、13世紀ころ → 中国へ、白酒(コーリャン酒)
        スコータイ王朝(1240年頃)、アラックに課税
        阿里乞(アリキ)あるいは阿刺吉(アラキ)酒と中国文献にあるといいます。

沖縄:15世紀初頭・・・・・・泡盛



ギリシア→アラビア→タイ→琉球→種子島→薩摩 
              タイ→中国→朝鮮→対馬、壱岐、長崎、熊本 
というのが焼酎の伝来のようです。

アリストテレス(BC384-322)のアイデアによる蒸留器アムビック
アラビア語では「アランビック」、日本に伝わると「らんびき」
錬金術師の使う蒸留器で、やがて蒸留酒が誕生。

1250年 錬金術師アルノー・ド・ヴィユヌーブ「ワインを蒸留するとeau de vie 生命の水が得られる」→ブランデー、スピリッツ、ウィスキー、アラビア語アランビック(蒸留器)でつくられた蒸留酒アラック、レバノンのアラック、イラクのアラック、アラブ原産アラックが、インドネシア・ジャワ島のバタビア・アラック、タイのラオ・ロン(ラオ・カウ)になったようです。



まったく思いつきで始めた蒸留酒に関するルーツ調べでしたが、思わぬ収穫を得ることが出来ました。その一つはこれまでただ興味本位で飲んでいた各国のお酒、特に蒸留酒についてその製造方法の発明、技術の伝播、さらに世界中への普及という繋がりを知ることができたことです。

アリストテレスのアイディアに始まり、アラビア人の実用化、そしてその製品であるアラクの伝播、ロシア経由のウォトカ、アクアヴィット、スコッチへと広がり、地中海経由でしょうか、ブランディが作られ、一方海路でも、インドネシア、タイ、琉球、中国、日本へと伝わったのです。

大航海時代には、その技術が中南米にまで広がり、今や世界中で同じ技術によって、テキーラ、ピンガ、ラムなどの蒸留酒造りができるようになったのです。それぞれの土地の材料や気候を生かした酒造りですが、製造技術の伝播という観点で捉えることができたことはとても興味深いものでした。

収穫の二つ目は、それぞれの国の人々の酒造りの飽くなき努力を知ることができましたことでしょう。このような強大で持続的なエネルギーはこれまでに宗教関係にしか感じられなかったものです。時として宗教が目の仇にする飲酒ですが、同時にそれを求めてやまない人間の欲求の強さが感じられました。

まだ結論が出ていないのですが、人間はどうしてこんなに酒を求めてやまないのでしょうか。酔いによって得られる快楽を求めているだけとは考えられないのですが、芸術的な味覚の追求の表れとも思われるところが多々あります。食べ物との組み合わせは無視できないことですから、それぞれの地域の食文化との関係、いい酒の製造のための方法論に対する考え方などなどまだまだ興味は尽きることがありません。
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by elderman | 2006-02-14 20:51


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