えるだま・・・世界の国から

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2006年 01月 28日

呑兵衛の戯言(4)日本酒

日本酒との付き合いはお正月に少しいただいたのが初めてだったのでしょう。父親が飲んで来ると体から発散する甘い臭いが嫌いで、自分では飲まないぞなんて思っていたものです。ですから、日本酒との本格的なお付き合い大学に入ってからです。

大学一年生の頃、冷酒を五合飲んだら、さすがに酷かったです。それから2年間くらいは日本酒は飲めませんでした。大学四年生にもなると、さすがに日本酒の美味さも分かって来て、仲間とよく飲んだものです。当時はまだバンカラ・ムードがあったので、とにかくたくさん飲みました。たくさん飲んで大騒ぎをして、ただそれだけで何が面白かったのでしょうねぇ。

グルメ時代になるまでは、日本酒の銘柄なんてあまり気にしたことはありませんでした。縄暖簾では地酒でしたが、宴会や飲み会ではただお酒と言って注文していただけです。職場の宴会となると、注いで回ったり、注がれたりで、相当飲んでしまいました。根が卑しいせいか、注がれると飲んでしまうので、キリがないんです。(苦笑)

それで、二次会に繰り出して、再び大騒ぎでした。当初はカラオケなんてなかったので、大声を上げて騒いでいたのでしょうか。歌の好きな人たちは、カラオケでなくて、本物の楽団のいるところに行ったものです。生オケですね。カラオケじゃないから、どこで歌い始めるのかもしどろもどろ、馴れるまでは冷や汗ものでした。

日本酒はそういう意味では、一次会だけだったかもしれません。二次会からはウイスキーに変わりました。グループでボトルキープというようなことが始まったのでした。二次会でも日本酒を飲み続けたという記憶はあまりありません。

当時、高級な日本酒と言うと、剣菱が挙げられていました。やがて、地酒の中から原酒だとか、いろいろなものが出回るようになったのです。それでも、大吟醸なんていうお酒はもっともっと後のことでした。生酒だってこの当時にはありませんでした。そもそもあまり冷酒は飲まなかったものです。

私は日本人だからなのでしょう、一番量を飲んでしまうのが日本酒です。やはり飲みやすいのでしょうねぇ。注がれたりするから、飲んだ量も分からなくなってしまいます。結局、酒の上の失敗談はほとんどが日本酒のせいということになります。一個一個話をしていたらキリがないくらいです。(苦笑)

一番大きな被害だったのは、プロのギタリストのギターを蹴っ飛ばして30万円を弁償したことでしょうか。そのギタリストとは以来、いい関係を保つことが出来ましたが、高級なお店ばかりでやっているので懐が痛みました。その頃、ゲームプログラムなどを作っていたので副収入があり、飲み代くらいはどうにでもなったものです。

日本酒で失敗したと言っても、さすがに警察のやっかいになったことはありません。友人に迷惑を掛けたことは多々ありましたけど。(汗) へべれけになって家に帰れず、泊めてもらったり、友人の奥様は大変だったでしょうねぇ・・・(大汗) 逆に最終電車を逃した友人を私の家に泊めたり、まぁ、いろいろありました。

全国の地酒の存在は楽しみにしていたと思います。地方出張すると、タクシーの運転手にどの地酒がいいか真っ先に聞いたものです。最近では全国の地酒が簡単に手に入るようになりましたが、20年くらい前では銘柄を知っていても手に入らなかったですね。誰かのお土産でいただくことがある程度でした。

秋田では高清水、高知では司牡丹、広島では酔心、新潟では越乃寒梅などなど、その後地酒ブームでとんでもない値段になったものもありました。越乃寒梅だと地元の温泉で一升瓶まるごとで6,000円しました。東京では論外ですけどね。今では良質な地酒や吟醸酒が出回っているので価格の異常な高騰はもうないでしょう。2年くらい前の芋焼酎ブームでは同じ現象が起きていたようです。

日本酒の話題はキリがありませんから、最後に良い情報を。東京の新橋に「酒造会館」というのがあって、そこの地下で飲むことができます。全国の地酒があるし、値段もリーズナブルです。お上さんは世界80か国を旅行したというすごい方です。機会がありましたら、是非どうぞ。^^
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by elderman | 2006-01-28 12:01


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