えるだま・・・世界の国から

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2006年 01月 27日

古い記憶(20)小学二~三年生の頃

(夕焼けとんび)
「夕焼け空が 真っ赤か とんびがくるりと 輪をかいた」♪ 三橋美智也のヒット曲です。「まっかっか」というのと「とんびがくりと」というのは小学生の私には印象に残りました。もっぱらラジオから流れていたのでしょうか。
 
(だからいったじゃないの)
「あんた泣いてんのね だから言ったじゃないの」♪ この歌は台詞付きだったんじゃないかな。小学生はよく泣きますから、流行り言葉になっていたんじゃないかな。歌手のことは全然覚えていません。

(星は何でも知っている)
「星は何でも知っている 夕べあの娘が泣いたのも」♪ 平尾昌章のヒット曲ですが、子供心にもいい雰囲気の歌でした。台詞もあったと思いますが、恥ずかしくて聴いていられなかっただろうなぁ・・・

(おーい中村君)
「おーい中村君 ちょいと待ちたまえ いかに新婚 ほやほやだとて」♪ こういうコミカルな歌は子供には受けがいいものでしょう。口ずさんでいたかも知れません。
 
(からたち日記)
「からたち からたち からた~~ちの日記」♪ 島倉千代子のヒット曲です。この最後の部分しか覚えていませんが、メロディがちゃんと記憶に残っていますね。

(長嶋茂雄、巨人軍に入団)
昭和33年のことだったんですねぇ、入団の頃から人気があって、早速TVのCMに起用されたようです。実は、長嶋茂雄氏は、私の高校の先輩になります。大学に入って出身高校を紹介するのに、長嶋氏を何回も引き合いに出したものです。

(若乃花と朝汐)
この頃の相撲は、若乃花と朝汐で人気を二分していた感があります。朝汐の出演した「日本誕生」(?)だったかな、そんな映画を観た記憶があります。私は小柄で渋い顔の若乃花より男らしい朝汐が好きでした。

(東京タワー)
昭和33年に東京タワーは完成したのでした。私はマッチ棒で東京タワーのミニチュアを作った記憶があります。333mという高さもしっかり記憶に残っています。

(TV番組)
この辺で昭和33年を終わりますが、昭和34年からはもっぱらTV番組の話題になりそうです。小学生でそれほど勉強しなくてよかったし、TV番組の充実度も日に日に高まったのでしょう。懐かしい番組が目白押しです。TV番組以外の話題を探すのが大変なくらいです。

(転校)
忘れていましたが、小学校2年生で再度転校しました。それからは、長いこと佐倉市に居住しておりました。長嶋茂雄氏が先輩というくらいですから、高校生までは佐倉市で暮らしたのでした。佐倉市はそれほど大きな市ではありませんが、城下町であり、商店街もある街らしい街でした。

私の家は、その商店街から路地を入った住宅地にあり、年長が多かったものの同じ世代の子供たちがいっぱいいるところに引越したのでした。ですから、学校だけでなく、帰宅してからも近所の家の子供たちとよく遊んだものでした。しかし、それはTVが家に来てからは大きく様子が変わってしまいました。TV番組を見たいために帰宅が遅くならないということでは両親には喜ばしいことだったのかも知れませんが・・・
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by elderman | 2006-01-27 08:35


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