えるだま・・・世界の国から

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2006年 01月 13日

古い記憶(11)4-5歳

(バナナ)
この当時、バナナ1本が30円しました。今の価格に換算すると300円くらいになるでしょうか。大変高級なものだったのです。もちろん普段食べるなんてことは考えられませんでした。そのチャンスがあるとすると、入院している人へのお見舞いくらいでした。バナナを食べられるかも知れないという期待だけでお見舞いについて行ったものです。

滅多に食べられないせいか、本当に美味しいせいか、この頃の私はバナナが大好きでした。父親が言うには、バナナは青い状態で外国から船で運ばれて来て、日本で黄色くなるというものでした。この話を聞いて、私は「黄色く熟したバナナを木からもいで食べたい」という夢を抱いたのでした。

熱帯の国に何度も住んだ経験のある私ですが、残念ながらこのささやかな夢はまだ満たされていません。なぜ難しいかと言うと、タイでバナナを買っても、店に来るときはまだ青いのです。買ってアパートに持って帰っても、黄色くなるまで待たないといけないし、木で熟したものとは言えません。

もちろんタイですから、道端にはバナナの木があって、熟したものも見かけます。バナナにはいろいろ種類があり、そういうバナナの中にも美味しいものがあるかも知れませんが、美味しければいつまでも放置される訳もないでしょう。それに他人のものだし、無断では取れませんね。

バナナのプランテーションがありますが、そこのバナナは青いうちに収穫されてしまうので、熟したものを見ることはできないでしょう。一本のバナナの木を買い占めて、メンテナンス契約をして熟すのを待つということでもやらない限り、ささやかな夢は実現できそうもありません。

(マスクメロン)
バナナが高級品なら、マスクメロンは雲の上の果物でした。500円もしましたから、今では5,000円くらいってことでしょう。マスクメロンは静岡で栽培に成功したということもあって、その後値段が下がって来ましたが、それでも高級品には変わりはないですね。

千葉の田舎でマスクメロンの代わりに食べていたのは、プリンスメロンという種類でした。マスクメロンのような洗練された美味しさではありませんが、甘いという点では立派な果物だったのでしょうねぇ。

私が結婚してから、家内が静岡県の出身なのでマスクメロンをいただくことが多くなりました。なんでもたくさん食べるというのはいいことではないようで、雲の上の存在だったマスクメロンも今はなんでもない普通の果物になってしまいました。

(パイナップル)
パイナップルというのは滅多に食べることはありませんでした。当時はそもそも八百屋さんに置いてなかったんじゃないかなぁ。食べたのはもっぱら缶詰だったように記憶しています。

(お富さん)
妙に覚えているこの歌です。「いきなくろべえ みこしのま~つに あだなすがたのあらいがみ♪」・・・ほとんど理解不能な歌詞でした。「粋な黒兵衛 神輿の松に」って理解していたんじゃないかなぁ。全然意味不明ですけどね。(笑) 「エーッサオー ゲンヤダナー」・・・ここに至っては今でも意味不明です。(苦笑)

*「粋な黒塀 見越しの松に」・・・正しくは、要するに妾の家ですね。

(飴)
バターボールというのは飴です。今でもあるのかなぁ。明治製菓のもので、当時30円でした。目新しい味だったのでしょう。そう言えば、グリコも楽しみでした。私の乳歯は虫歯だらけになってしまったものです。一粒300mだったかなぁ・・・ 今はダイエット時代、一粒食べたら300m走らないといけないという解釈の方が一般的かも知れません。(笑)

父親のクイズも思い出しました。「ルメラヤキ」ってなんだって主題されたのでした。カルメ焼きみたいな響きですから、面白かったのでしょう。カルメ焼きは家ではやったことがないので露店で見たことがあるだけかな。家内は家で作ったことがあるとか言っていたような・・・
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by elderman | 2006-01-13 00:20


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