えるだま・・・世界の国から

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2006年 01月 09日

古い記憶(7)4-5歳

(七五三)
五歳とときだったと思いますが、私の七五三のお祝いが家で行われました。このとき生まれて初めてアルコールを口にしたのでした。多分赤玉ポートワインかなにかだったのでしょう。根っからアルコール好きらしい私は、グラスに3杯飲んであえなくダウンでした。(笑)

(紙巻き煙草)
もちろん私の喫煙の話ではありません。喫煙者の母親に頼まれて煙草を買いに行ったことを思い出しました。煙管で吸う時代が終わったのでしょう。ピースを見たことがありますが、これは父親が吸っていたのかも知れません。母親は「光」というものでした。歩いて5分くらいのところに雑貨屋があったのでそこに買いに行ったようです。

吸い終わると箱の中にある銀紙が楽しみでした。いろいろな形を作れるので、それで遊んだものです。煙草の臭いは嫌いでしたが、箱の臭いは不思議な感じで、嫌いではありませんでした。それは多分煙草の香料のせいだったのでしょう。

(テレビ)
この時期にテレビを見たことがありました。どこかの家が買ったのでしょう。私が最初に見たのは、たまたま偶然ですが、宇宙船が映っていました。もちろん白黒画面ですが、宇宙の星々と宇宙船、宇宙服を着た人・・・ この驚きは私の一生に影響を与えたと思います。私は理科系になり、物理学を専攻しましたが、その動機の原点はこんなところにあったのかも知れません。

(編み機)
この当時私の着ていたセーターは母親の手作りでした。編み機というものがあって、電動ではありませんが、手で動かして編み上げるものだったと記憶しています。小さくなったセーターをほぐしてはまた少し大き目のセーターを編んでくれたものです。

着ていたセーターの色は褪せますから、同じ色の新しい毛糸では却って都合が悪いものです。違った色の毛糸で、少し大き目の二色のセーターが完成しました。使い捨ての今の時代とはずい分違った生活をしていたものです。

古いセーターをほぐしたり、買ってきた毛糸を巻き直したり、いろいろお手伝いさせられたことを思い出します。最初は面白いからいいのですが、長い時間続くと飽きてしまうので、ちょっと苦痛だったかな。両手を出してそこに毛糸をぐるぐる巻きつけられたような・・・ 終わるまでその姿勢のままですからねぇ。

(ミシン)
足でこぐタイプのミシンがありました。母親は毛糸や裁縫などいろいろやっていたようです。昔の専業主婦というのはこういうものなのでしょう。私は機械仕掛けのものが大好きだったようで、ミシンの動きを見ているのが好きでした。針が上下するだけでどうして縫えるのか不思議でしょうがありませんでした。

このミシン、もの凄く重たかったです。子供だからそう思ったということでなく、私が中学生になる頃まで使われていましたから、大人一人で運ぶことも難しかったようです。鉄の塊のようなものでした。このミシン、今でも実家の物置のどこかで眠っているかも知れません。

(床屋)
私の住んでいたところは大変な田舎ですから、床屋がありませんでした。ですから、月に一回父親の自転車に乗せてもらって、隣の村まで行ったものです。帰りは大抵夜になっていました。街灯なんてありませんから、真っ暗な道を自転車のライトを頼りに帰ります。うぃ~んという自転車の発電機と、タイヤと地面の音が耳に残っています。
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by elderman | 2006-01-09 18:04


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