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えるだま・・・世界の国から

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2005年 10月 18日

天使の都(11)

私の参加した今回のバンコクのプロジェクトは非常にお客さんが多い。チームリーダーの半分くらいの仕事はそのお客さん対応と言っても過言ではないようだった。週に2回は最低でもお客さんを迎えいれていた。過去において問題のあった時期には見学者お断りという緊急事態宣言のような時期もあったが、当時のメンバーはほとんど変ってしまい、今では新しい体制で何事もなかったかのように仕事が進められている。

そんなある日、職場では平井専門家と久保専門家がタイ女性秘書をからかっていた。彼らが意図的に少し性的な話をするとタイ女性はきゃぁきゃぁ言って騒ぐのであった。日本で言えばセクハラということに該当するかも知れないが、ここはタイである。女性が騒げば騒ぐほど平井専門家は面白がっていた。

平井専門家と久保専門家はバンコクでよく遊びにいっているようだった。彼らは私と溝口専門家を堅物とみているようで、そういう遊びの声は掛からなかった。売春で有名なタイという国だが、私はそれ以外の面でタイという国の良さを理解したいという気持ちが強かった。自分自身が売春産業に加担するのは嫌だった。

キャンティーンの食事のメニューは種類が少なかった。そして美味しいといえるものでなかった。それもそのはず、どれも10バーツ(約30円)程度なのだからいかに物価が安い国であっても、それでまともな料理を期待する方が無理な話だろう。キャンティーンの料理に耐え切れなくなった私はホテルからプラスアルファの料理を持参するようにした。

ホテルのメニューには英語で名前と説明が書いてあるので、私は一向にタイ料理の名前を覚えることができなかった。それでもホテルで用意してくれる一品料理はキャンティーンのものよりはるかに美味いのであった。私は3人の秘書たちといつも食事をするようになった。

この研究機関で困ったことは優秀な人材がいないことであった。これだけ田舎の研究機関でしかも給料が安いのだ。優秀な人材が集まる訳がなかった。ここでの給料は日本円にして2万円にもならないのだ。タイの給料の官民格差は3倍以上と聞いた。公務員なら定時に帰れるしきつい仕事もない。

それでも研究員たちは生き生きとしていた。新しい情報や知識を得ることには喜びを感じているのがよく分かる。私が困ったのは、一人の女性研究員がいろんなことを質問してきて好奇心旺盛なのだ。そのことはそれで喜ばしいのだが、どうも彼女の知識吸収の程度が怪しいのだ。どこまで分かっているのか疑問でならない。

英語での講義にも少し問題があるようだった。何人かの参加者の英語力には相当疑問があったし、難しいところでは沈黙が訪れてしまうのだった。私はできるだけ図表を使って平易に説明しようと努めた。それでも私の講義にはいつも20名くらいの研究員が集まった。

堀井シニア・アドバイザーが「ここの組織のいいところは研究員が辞めないで働き続けていることだ」と言うことがあった。私は辞められてはせっかくの技術指導がもったいないと思ったが、逆に転職しないで安い給料で働き続けている向上心のない研究員にも困ったものだという気持ちもあった。

この研究機関の一日はまったく平和である。見学者がないとひっそりとしている。見学者は外国人ばかりではない。タイ人の見学者も結構あるようだった。この場合日本人チームは関与しないので、研究機関の職員が対応している。外では建物の日陰で運転手たちが昼寝をしている。のどかなものである。

(つづく)

(この小説はすべてフィクションです。もしも類似する人物、機関があったとしても本小説とは何の関わりもありません。)

by elderman | 2005-10-18 20:14


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