えるだま・・・世界の国から

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2005年 10月 06日

月の砂漠(体験記)その6

キャラバン・サライの中庭では、働いている老人と若者、そしてプーファラディまで板で作られた台の上で寝ているではありませんか。ここなら犬に悩まされることなくすんだことでしょう・・・うらやましく思えました。

再び紅茶をいただいて休憩した後、いよいよ帰途につきます。もう一人の日本人は夕方の便でドバイ経由で日本に向かいます。もう一度砂漠に行っている時間はありません。キャラバン・サライの人たちにお礼を述べて、別れました。この復元中のキャラバン・サライはこのまま残すか、ホテルとして運営するか検討中だとのことです。

かなり崩壊してしまっているキャラバン・サライですが、昔の隊商を偲んで宿泊できるならこれは楽しいことだと思われます。1000年前の建造物ということで価値もあるのですが、イランにはもっと古いものがごろごろあるし、あまり改造しないで利用して楽しめるのならホテルにしてもいいのではないかと思えます。

砂漠と塩の湖が観光地として多くの人を呼べるものなのかどうかはちょっと私には分かりません。果たして外国人のどのくらいが砂漠に興味を示すでしょうかねぇ・・・

帰路では再び小規模な砂漠が目に入って来ます。どうして砂漠ができるのか、再び考え始めました。砂漠、土漠の下は岩盤のはず、表土が薄いので、僅かな降水は直ぐに低いところに流れて行ってしまうか、蒸発してしまうことでしょう。そうなると砂漠化は平野部よりも少し高いところで始まりそうです。

そもそも砂漠の砂はどこから来たのでしょうか。海だった砂が集まると考えるより、風や気温の日較差によって岩が崩壊して砂ができたと考えた方が素直な気がします。砂漠の周辺の地域では風化している断崖をいくつも目にすることができました。平野部には少ないながらも乾燥に強い草が生えています。
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一旦砂漠が発生すると、すべてを飲み込む恐ろしい塊に変容します。しかも、それは風によってゆっくりではあっても移動する代物なのです。砂漠で草木が育たないのは、水分がないというよりも、その流動性のためだと思われました。常時風によって流動する砂山ですから、生きとし生けるもののすべてが飲み込まれたらおしまいです。その均一な粒々の塊はモンスターとなって次々に草木を飲み込み、成長を続けます。
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砂漠になってしまった部分が元に復旧することは相当難しそうに見えました。水を与えてもただの砂ですから、土が定着するまでには相当の時間を要するでしょう。イランのこの地の砂漠化は人為的な開発(燃料のために樹木を伐採する)の結果でもたらされたものではないと思われるのが、せめてもの幸いでした。

「月の砂漠」のロマンチックなムードもいいのですが、砂漠という生物を生かさないモンスターをみるととてもそんな雰囲気でないことに思い至ります。移動できる人間などの動物には、砂漠そのものがその行動の上での大きな障害にはならないとは言え、動物たちの生活基盤となる植物が害されるのではいずれは動物にも影響があるものです。砂漠が山となってうねって植物界を襲っている姿はどうしても悪夢のように思われます。

(おわり)
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by elderman | 2005-10-06 12:38 | えるだまの観察


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