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2005年 09月 20日

日本人の特殊性(20):泣く

日本人の男性はなかなか泣かないものです。武士道の影響でしょうか、そのように教育されてきたのですね。男なら泣くんじゃない・・・泣くことがまるで卑しい行為のように教育されてしまったとも言えるでしょうか。その点、日本女性にはそういう教育はあまりなされないようで、比較的自由に涙とともに感情を表せるようです。

家内がそれほどの出来でもないTVドラマをみて、ぽろぽろ涙を流しているのを脇目で見ながら、男子たるものこの程度のことで涙してなるものかと、この監督はここでお涙頂戴の演出をしているに違いないなどと気を紛らわすことばかり考えるようになります。この対照的な感情の発露は性による差でなくて、教育あるいは躾のせいであると気がつくのには海外で生活をして外国人の感情の表れ方を観察する必要がありました。

イラン人はあまり喜怒哀楽の感情表現の抑制をしないようです。もちろん日替わりの態度は好ましいものではないので、男性としてはその日の気分やむら気は家族以外に表さないという努力はしているようです。しかし、本当に悲しいことや気がかりなことがあると、素直に表情に出すのは平気なようです。

イスラム教シーア派の妙なパレードをTVでご覧になられた方もいらっしゃると思いますが、手やチェーンで胸を叩きながら号泣して歩くという姿が見られます。聖人(エマーム)として崇められている宗教指導者の殉職を悲しんでの感情表現なのですが、1000年も前に死んでしまった人ですから、どうしてそこまで悲しめるのか我々には不思議な気がします。もっとも行進で泣いているのはその道のプロであると聞いたことがあります。ま、そんなものなのでしょう。

親族を喪っておいおい泣く男性、失恋してぽろぽろ泣く男性、日本人の感覚からはみっともないという感じがありますが、ではどうしてそのような感情表現をしていけないのかという理由を考えるとつまりは国民性というような曖昧な文化、教育、躾のせいであるということに気がつきます。

女心は秋の空などと、女性には生理的な原因があるでしょうからどこの国でも寛大に扱われます。それで、女性は政治には向かない、特に外交には向かないなどと本気で唱えている人があるようです。血の上りやすい男性が向いているという気もしませんから、この辺りは一人一人の個性に依存するというのがまとものような気がします。

感情をあまり表さない日本人というのは、外国人からみると一種不気味な雰囲気があるのかも知れません。前にも書いたように、肌の触れ合いという行為は日本人の日常生活や挨拶の習慣にないし、そこへ持ってきて感情表現をせず、いつも意味不明の微笑をしているか、もう一つの典型的日本人のパターンでいつも難しい顔をしているというのもありますが、どちらにしても親しみやすい人間というのにはほど遠い感じがします。

それでも外国に長いこと出ている日本人は表現が次第に大げさになって来ているのを認めることがあります。やはり外国人と接触していると無表情ではいい交友関係が持てないと自覚しているのでしょう。私も11年と海外での生活が長くなりましたが、少しずつの変化をしているのでしょうか、自分では気がつかないことが多いと思います。日本に帰って自分の動作や表情で友人に変な顔でもされたら注意しないといけませんね。

私はどちらからというと、外国人に合わせた大げさな態度をとるのは好みません。無理して振舞っても所詮、自分は自分。どこの国にいても自分の持てるものだけで対人関係を作っていきたいと考えています。日本人特有のものは目立たないようにするという努力はしています。

泣いてすっきりするという話を女性から聞くことがありますが、こういうのは残念ながらさっぱり分かりません。泣いたって何も状況は変わらないだろうにってのが、家内には割り切り過ぎると映るようです。ある日、家内に聞いたことがあります。「どうして死んだ人を悲しむの?」、「可哀相だから」、「可哀相って死んじゃった人にはそんなの分からないんじゃないの?」、「・・・・」
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by elderman | 2005-09-20 11:48 | えるだま雑記【案内画面】


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