タグ:言いたい放題 ( 33 ) タグの人気記事


2007年 11月 04日

タヌキとタヌキの化かし合い(続編)

どうも謀略臭い大連立の話でしたが、小沢代表の傷は予想以上に大きいようです。今、代表辞任の記者会見があったところです。

大連立の提案を受け、どっちに転んでも非難されるという難しい立場になった小沢代表ですが、その場で拒否しないで持ち帰ったということでかなり非難を受けてしまいました。

大連立というのは、民主党が自民党に吸収されるという話ではないのですが、どうも日本人には大政翼賛会という悪いイメージがトラウマになっているようです。万年野党のスタンスに慣れている共産党、社民党の批判は政策参加という意味では、ほとんど意味がないでしょう。批判する政党としてその存在価値を発揮してもらえばいいのですからね。

二大政党というなら、民主党にも担当能力があるという実績を示さないといけないというジレンマがあると思います。実際問題、いつ衆議院選挙をやっても自民党が過半数割れを起こすまでにはならないというのがもっともらしい予測ではないでしょうか。

社民党のように自民党がやることはすべて悪というような意見を持つ野党と共闘するというのは難しいと思うし、参議院選挙の結果で野党の意見が生かせるようになったというところで満足しているようでは、政権担当能力を疑われてもしかたがないでしょう。

そもそも、民主党というのは、自民党に近い議員、社民党に近い議員が集まっているので、このままの状態ではいつまでもまとめることは難しいような気がします。

今回、自民党の苦境の中、誰が仕組んだか、大連立というショッキングな提案で民主党が敵失という姿になってしまったようです。

ここで転んではどうにもならない、と考え、起死回生の手に出るしかないのでしょう。それが小沢さんの代表辞任だと思います。所詮、タヌキですから、辞任が認められないという読みじゃないかなぁ・・・ 大連立の話は終わってないような気がします。
[PR]

by elderman | 2007-11-04 17:32 | えるだまの観察
2007年 11月 03日

タヌキとタヌキの化かし合い

今回の福田・小沢会談、面白いですねぇ。まさに、タヌキとタヌキの化かし合いという感じです。演出した人は有力な政治家だと思いますが、それぞれに思惑がありそうでとても面白い展開です。

もちろん、話題は自民党と民主党の大連立というものです。福田さんの口から出たという報道ですが、多分そうなのでしょう。二大政党を目指した小沢さんから言うのは変な話だし、いくら根回しがあったにしても唐突過ぎます。

となると、損得という計算が働くはずです。福田さんの自民党は、何の法律も決められないという与党としての機能を失っているので、もはや恥も外聞もないという境遇を利用するのには抵抗はないでしょう。公明党との連立と言っても、選挙で負ければ、すべてはお仕舞いです。

大連立で民主党が乗ってこないだろうという読みがあっての話だろうと、私は思います。では、誰が得をするのか、そこが問題でしょうね。小沢さんが即座に反対すれば独裁的だという非難を浴びるだろうし、持ち帰れば意欲ありということになる。では、これは小沢さんに対して用意した罠なのでしょうか。

福田さんとしては、どっちに転んでも大して痛くない謀略なんじゃないかな。自民党は、公明党からの不信が生じるだろうけど、それは後からいくらでもカバーできそうです。自民党の苦し紛れの戦略ではないだろうかと思うのは私だけではないでしょう。

謀略というのは、本当に連立政権になるとしたら、小選挙区による選挙という問題があり、それを飛び越えて話が成立するとは考えられません。大筋を決めたら、後はなんとかなるなんて考えるという話でもないでしょう。

小沢さん側からすれば、党首会談を申し込まれ、密談と言われようが、本質的な話ができるなら望ましいだろうし、一国の総理大臣からの申し入れとあれば断る理由はないでしょう。そこで、唐突にすごい提案がなされたということになるのでしょうか。

その場で断っても非難されるし、持ち帰るという選択をしたのは、民主党が民主主義の政党であるという姿勢を示せば、非難は少なかろうという計算だったと思います。その場で反対すべきだという意見がありますが、党首とはいえ、そこで重大な判断をしてしまうのは後で問題になりそうです。

そこまでの展開を読んで、党首会談、そして大連立の提案というシナリオを書いた人はすごい人ですねぇ。不利になるのは民主党、失うものはほとんどない自民党、となると陰の人物は、大物政治家でしょうか。

ちょっと見方を変えると、現在防衛省にまつわる不祥事がいろいろありますが、その問題の深刻さを薄めるという効果もあるでしょう。だから今、というタイミングなのかも知れません。政治の世界というのは恐ろしい世界ですねぇ。
[PR]

by elderman | 2007-11-03 18:15 | えるだまの観察
2007年 08月 14日

幸福感について(2)

幸福感という曖昧で気持ちのいい感覚、そのことについてもう少し考えてみたくなりました。

原点は、高いお金を払って美味しいものを食べたときと、安いお金で美味しいものにありつけたときの差に興味を持ったからです。高くて美味しいのは当たり前ですから、感動は少ないとしたものでしょう。高くて不味ければ怒り出すかな。同じものを食べてもどうも感じ方が違うようです。

幸福感というのは、どうも曖昧でいろいろな要素があって感じられる性質のもののようです。では、次のような例はどうでしょうか。家庭の主婦が、毎日愛情を込めて手作り料理を一生懸命作り続けるのと、基本的に毎日手抜きでたまに本格的な手料理を用意するというものの比較ではどうでしょうか。

人間というのは贅沢なもので、どんなに愛情が込められていても、それが毎日となるとどうしても馴れてしまうものでしょう。手抜き料理でも同じじゃないかな。手抜き料理の毎日に馴れてしまうと、たまに食べる手料理がうんと美味しく感じられるというものでしょう。

飽食の時代といわれる日本ですが、日常の食事では、タイの田舎にいても同じような感動は味わえます。相対的に美味しいものに遭遇できれば、幸福感が得られるし、ましてやタイでは物価が安いので、経済的な側面からも満足感は得られるでしょう。

曖昧な幸福感というものの障害を考えると、どうもマンネリがいけないようです。マンネリの反対は何でしょうか。私はメリハリじゃないかと考えています。あらゆるもの、ライフスタイルについてもメリハリをつけるというのが、効果的じゃないかと考えます。

そう考えると、たまに手料理の失敗も楽しいものでしょう。こういうことがあるから、美味しいものにありつけたときに幸福感が得られるというもの。料理の下手な新婚さんでも、それが理由で離婚に至るというのは稀なような気がします。

いつも経済的に家で食事をしていて、外食がしたくても滅多に行けないというのもいいでしょう。たまに美味しいレストランや料亭で食事をしたら、感動するかも知れません。もっとも値段が高いというのが気になって幸福感にひたることが難しいかも知れませんけどね。

人間関係もそうかな。職場などで当たり障りなく過ごすのもいいけど、家族の中ではいつも誰かに何かがあるというのもメリハリになるのかも知れません。家族といると時間の経つのが速く感じるのはそのせいじゃないかな。大家族であればあるほどいろいろあるから、より面白いかも。核家族というのはそういう点で感動が少ないかも知れません。
e0031500_821360.gif

[PR]

by elderman | 2007-08-14 07:54 | えるだまの観察
2007年 08月 04日

今の日本について

いろいろ書いて来ましたが、私の言いたいことは、タイのような発展途上国から学ぶことがあるということです。しかも、今回の私の滞在では、昔の日本を思わせる部分が多く、懐かしさという部分を除いても、日本では何かが失われたという感じがあり、その何かというのが、どうも幸福感につながるような気がしています。

まさか誤解されないでしょうけど、私が幸福感がなくて、タイにそれをもらいに来たということではないですよ。12年振りに帰国して、なんだか変な日本になっているなぁと感じるから、その「なんだか変」というのを知りたくてタイの田舎に長期間の滞在という計画を立てたのです。

「資源がないから長時間労働になり時間がない」、「土地がないから狭い敷地、小さな家で我慢しなければならない」ということで諦めるのもいいのですが、それならせめて精神的な健全さを保つ方法はないかと善後策を考えないといけないでしょうね。

「きれやすい」、「いじめ問題」、「親が子を殺し、子が親を殺す」、「犯罪の低年齢化」、「無差別殺人」、「PTAからの常識のない要求」、「マナーの低下」、「マニュアル人間」、「孤独死」、「熟年離婚」、「儲け主義」、こういう問題ってマスコミが騒いでいるから問題だと感じるだけなのでしょうか、昔からあったといえる事なのでしょうか。

狭い日本で、今の若者たちが出した結論の一つに、関係のない他人の存在はみえないというのがありそうです。これは狭い国土において、ある意味賢い方法かも知れません。関係のない人がみんな透明人間になってしまえば、結果的に大きな空間を得ることになりますね。

これは誰かが発案したことではなさそうです。自然発生的にそういう人たちが増えて来たように思われます。若者に限らず、マナー知らずの大人がいるから自然にそれを真似するようになったのかも知れません。では、どうして周囲にいる人たちを見なくなったのでしょうか。

そうすることによって居心地がいいのか、関係ないものは関係ないから合理的なのでしょうか。他人に迷惑を掛けてはいけないということは日本人はかなり敏感だと思います。電車の中で携帯電話を使ってはいけないなんていうのは、私は他の国でみたことがありません。個人の良識で対処すればいいと思うのですが、日本では規制ですからねぇ。

マナーの悪い人は、自分がマナーが悪いとは思ってないということはあるでしょう。要するに気がつかないでやっていると言えるでしょうね。なら、どうしてそういう教育、躾を受けなかったのでしょうか。となると、矛先は、学校というよりもむしろ親に向かって行きます。結局は、親の問題じゃないか、つまり私を含む世代の問題なのかも知れないのです。

ひょっとして、日本人には「恥の文化」が薄れて来ているのかも知れません。私は、他人が知っていて、自分が知らないことは恥だと思うのですが、どうもそうでもないようです。マナーが悪い人は、多分、そうは思わないのでしょう。知らないものはしょうがないということかな。

こういう仮説はどうでしょうか。昨今の日本、自分で物事について考えない人間が増加し、好きなこと以外は言われたことしかやらないという人間を育成してしまった・・・ なんだか恐くなります。

背景1:受験・・・回答を自分で考えないで、傾向と対策を記憶してしまう。
背景2:TV・・・・受動的に情報を得ることに馴れ、能動的に考えなくなった。
          TVに時間を奪われ、本を読まなくなり、その結果想像力が欠如した。
背景3:ゲーム・・すべてが画像として提供され、想像を楽しむ余地がなくなった。
背景4:映画・・・自分で想像するよりも面白い映像が見られるようになった。
背景5:商品・・・求めるものを買うだけで済むようになった。工夫の余地がない。
[PR]

by elderman | 2007-08-04 00:58 | えるだまの観察
2007年 08月 04日

タイと日本

前にタイでの赤ちゃんの周囲の情景を書いてみましたが、この赤ちゃんがどういう一生を送るのかはまったく分かりません。タイは日本からの経済支援は受けられないほど発展しましたが、まさに発展途上国でした。下宿のおばさん、おじさんは義務教育しか受けていないので、タイ語の読み書きがやっとです。

でも、その子供たち(もう既に大人ですけど)は、小学校高学年から英語を習っています。そして、さらにその子供たちは、幼稚園から英語教育を受けていると聞きました。タイ人にも高学歴者がずい分増えて来ています。もともと外交のセンスは抜群のタイですから、外務省の人材をみると感心することもあります。

タイ国というのは、私の目からは、自分で努力するというより、外部の力を利用しようとするのが得意なようにみえます。歴史的にもそうだと思います。外国資本や技術を受け入れても自分のところでしっかり利益を上げるというような方針にも映ります。日本人は真面目ですから、欧米先進国並みになるために基本からすべて知識や技術を蓄積してきたのとは大違いです。

タイ人が英語を勉強するのは、そういう意味でも重要なことだと思います。外国勢と対等に渡り合うためには国際語である英語の力がどうしても不可欠なのでしょう。この姿勢も日本人とは正反対な感じがします。日本では特に英語を必要としないし、ほとんどあらゆる情報が日本語で手に入ります。こういう国は先進国の中でも少ないと思います。それだけ過去からの蓄積があり、更新もされているということですけどね。

これまでは、普通の日本人として普通に過ごしている場合、英語はほとんど必要なかったと言えるでしょう。しかし、日本でもグローバリゼーションはどんどん進み、その勢いはさらに拡大傾向にあります。日本にも外資系企業の進出が目立つようになりました。

今や国内で働くにしても、英語が必要な時代になっていると思います。もちろん英語ができるというだけでは、もはや希少価値はありませんから、教養として能力として身につけるべきことだろうと思います。海外旅行程度でしたら、簡単な英語で済みますから、駅前なんとかで十分習得できることでしょう。問題は、「はーい、たけちゃん」の世界じゃないと思います。

きちんとした英語を、日本語訛でもいいから堂々と話せる方がずっと重要でしょう。韓国人はしっかりと韓国語訛の入った英語を堂々と話しています。シンガポールに至ってはもう母国語のようです。私は、いまだにシンガリッシュが苦手ですが、彼らは私の方が英語が苦手だと解釈しているようです。

話が大分逸れてしまいましたが、私の言いたいことは、発展途上国のようなタイでも得意な分野というものはあるということです。日本人は、日本が経済大国であること、高度な技術を持っていることで誇りに思っていますが、自分自身がどのくらいそれに貢献しているか顧みる必要があるのではないでしょうか。

東南アジアでよくみる光景ですが、やたら横柄な日本人をみることがあります。多分、こういう人たちって結構いるんじゃないかな。あるレストランでのことですが、このレストランのスーパーバイザーは私の友人ですが、彼はこういう日本人客に対して嫌な顔を少しも見せずに対応していました。同じ日本人としてこちらが恥ずかしく思いました。
[PR]

by elderman | 2007-08-04 00:51 | えるだまの観察
2007年 08月 01日

不思議なこと

日本国の首相、参議院選挙で歴史的な惨敗を喫していながら、その責任は取らない上に、国民は、「美しい国、戦後レジームからの脱却を支持している」と発言できる神経が不思議でならない。

一回でも国民の審判を受けたことがあるならまだしも、前首相の後釜になっただけで、国政選挙は今回が初めてのはず。

国民の代表者といえば国会議員という論理なのだろうが、自分の党の議員の意見ばかり聞いていたのでは、判断が間違うというもの。それにしても、直接国民の声を聞くことのできる選挙結果を得て、それを無視していられるというのはどういう神経なのだろう。

どうやら、日本という国はとんでもない人物を首相に持っているようだ。
e0031500_949216.jpg

(追伸)
この疑問、当然ながら、私だけじゃないようで、首相との記者会見で質問になったそうです。

三十日の記者会見では安倍首相の「政策の基本路線について国民の理解を得られた」という発言に「その根拠は何か」という質問が飛びました。答えは「演説の聴衆の反応で分かった」。首相一人の肌感覚でした。

取り巻きの反応を見て国民の意思と感じたというのだから、お粗末。

[PR]

by elderman | 2007-08-01 09:46 | えるだまの観察
2007年 07月 19日

もうあまり政治のことについて言いたくなのですが

もうあまり政治のことについて言いたくなのですが、私は前回の選挙でかなり失望していまして、今ようやく国民が本当のこのに気がついたかなと少し思っています。すべての問題は、今の政権で出たことではなく、前首相の時代から続いていたものだと考えています。

私には、どうしても郵政民営化ということで自民党が大勝できたのか、まったく不思議でなりませんでした。前首相の言う、改革なんてほとんど偽物じゃないですか、国家公務員を減らしても、独立行政法人なんて意味不明の組織に変化させ、税金を使う構造にはまったく変わりはないというものでした。

国際協力の分野においても、現場主義だの成果主義だの、響きの良いキャッチフレーズばかり使って国民を騙したと言っても過言でないと思っています。こんな体制の中で、私の役割はないと判断し、撤退を決めたものです。

世界の国々には日本の技術を求めている国があるにも拘わらず、予算だけで業務をTOR(仕様書)で厳しく規定し、まったく柔軟性のない、民間コンサルタント会社への単なる予算の丸投げ体制は早く解消してもらいたいものです。

税金を使った国際協力という形で、これまで技術援助を行った国のスタッフたちが、今や政府の幹部に昇進しているというのに、そういう良好な人脈をさらに活かそうともせず、目先のことばかり追いかけている、これでは失望しかないでしょう。一過性の国際協力なら、税金の無駄遣いと言ってもいいんじゃないでしょうか。銀行からお金を借りて、銀行に感謝する人ってまずいないでしょう。要するに、今のやり方では、心の問題が完全に忘れられているということです。

今回の選挙で、自民党が勝とうが、民主党が勝とうが、正しい税金の使い方が望まれます。短いキャッチフレーズで国民を騙すようなやり方はもう通じないでしょう。

e0031500_21422497.jpg

[PR]

by elderman | 2007-07-19 00:02 | えるだまの観察
2007年 06月 22日

便利さと引き換えに失ったもの(7)

前回、大分話が脇道に逸れてしまいました。本当のテーマは、タイ人の幸福そうな様子の理由です。今の日本は、社会問題になっている部分の対症療法ばかり検討しているようですから、逆にどうしてタイ人が幸せそうにみえるのか、知りたいものです。

タイの田舎のいい点として、①豊かな自然、②タイスマイル、③人々のコミュニケーション、④のんびりした日常、⑤必要最小限の物、⑥大勢の出入り、⑦安い物価(多分タイ人にとっても)、⑧親切心、そして怒りや罵声がないことを挙げました。

便利になると、これらがすべて失われてしまうのでしょうか。①家の近くの自然は失われました。②スマイルを交わすということもなくなりました。③コミュニケーションは特定の相手だけになりました。④忙しくなりました。⑤物は溢れています。⑥大勢の出入りの機会は少なくなりました。⑦物価は高いですね。⑧本当は親切なのでしょうが、無関心が増えています。怒りは巷に溢れています。

残念ながら、タイの田舎にあるもののほとんどすべてが、今の日本では失われてしまったようです。こうなると、もはや、田舎は別世界としか考えられないということになるのでしょうか。ロストワールドは恐竜に限ったことでなく、身近な問題かもしれません。

しかし、日本にはまだ田舎が残っています。定年退職した団塊の世代が田舎志向であるということも報道されています。こういう現在の日本を作った人たちが、自分たちの作った世界に嫌気がさして田舎を志向するとしたら、私にはひどく無責任に思えます。

日本の政治家たちは、団塊の世代を含め、より高齢な人も、若い人もいますから、彼らはこの問題と闘っているのかも知れません。利権のためでなく、本当に日本を良くしたいという政治家だったら大歓迎なのですが、どうも現実はそうではないようで・・・

結局、若い人たちは活気のある大都市に住んで、年寄りは田舎に移住するのかな。すごい解決策だけど、ますます世代間の断絶になりますね。未来都市ってこんなのでしょうかねぇ。子供たちは都会のコンクリートジャングルの中で生まれ育って行くのかなぁ。あるいは、環境のいいところに住んでいる田舎のおじいちゃん、おばあちゃんが孫の面倒をみるなんてことになるのかな。

こんなことにならないためには、大都市が分散するしかないでしょうね。これからは、いろいろなものが大都市に集中し過ぎないように施策展開をしないといけないんじゃないでしょうか。それでも、ウィークデイは都市のアパートで、ウィークエンドは郊外の両親の家で過ごすというパターンになりそうですけどね。

そう考えると、団塊の世代は田舎に逃げて行くのではなくて、孫のためにいい環境を整備しようとしているのかな。老後を自然の中で過ごすというだけでなく、将来を担う大事な次の世代のために良好な環境を用意して待っているというのなら、前向きですねぇ。

私も、息子たちの職場からせいぜい2,3時間くらいのところで自然環境に恵まれた住宅地を求めることにしましょうか。今住んでいるところ、ちょっと出掛ければ十分田舎ですから、それでもいいのかな。妙な結論になって来たようです。^^

(おわり)
[PR]

by elderman | 2007-06-22 00:24 | えるだまの観察
2007年 06月 21日

幸福感について

今回、タイの田舎でサバイバルライフもどきをやっていますが、このところ気になるのが、スーパーマーケットに置いてあるジョニーウォーカーの黒ラベルです。多分、3500円くらいで買えると思うのですが、現地の人からすれば高嶺の花だと思います。

現地の人たちは国産ウイスキーのメコンかそれ相当のもの、あるいは焼酎だと思いますから、150円から550円程度のものです。私が飲んでいる安いスコッチでも1300円くらいしますから、これですら贅沢なのでしょう。約1か月半、安いスコッチで我慢して来ていますが、やっぱり美味しいとは思いません。

もちろん、不味いと思いながら飲んでいる訳ではないので、精神衛生上はそれほど問題はないと思うのですが、最近ちらちらと脳裏をかすめるのがジョニーウォーカーの黒ラベルです。スーパーマーケットに置いてあるんだから、現地の人でも買うんじゃないか・・・なんて悪魔の囁きが聴こえてきます。(笑)

買いはしませんが、もしも、今ジョニ黒を買ったら、きっと「美味しい~~~」と感じ、天国にも昇る気分になるんじゃないかと思います。実は、私はジョニ黒を感動するほどにまで美味しいと思ったことはありません。いいウイスキーという程度の認識でした。

つまり、私の言いたいことは幸福感なんていうのは相対的なもので、普段からいいお酒を飲んでいると幸福感を失いますよということです。普段からいいお酒を飲んでいたら、よりいいものへと進むでしょう。ジョニーウォーカーからスイング、さらにはロイヤルサルートへと行くんじゃないかな。そして、それも普通になることでしょう。

幸福感という物差しでみた場合、普段のものといいものとのギャップがあればあるほど大きな幸福感が得られるのではないかと思います。セレブな生活に憧れ、いよいよそれが実現したときに期待していたほどの幸福感が得られないということは十分考えられませんか。

普段は質素な生活をして、たまに高級なものを味わう。こういう生活の方が幸福感を得る機会が多いと思います。

そういう訳ですから、私は安物スコッチだけでなく、タイの国産ウイスキーに慣れようと努力しています。どんどん下げればより大きな幸福感が得られるんじゃないかってね。いつかはジョニーウォーカーの黒ラベルを買うぞ~。(笑)
e0031500_1121575.gif

[PR]

by elderman | 2007-06-21 01:08 | えるだまの観察
2007年 06月 21日

便利さと引き換えに失ったもの(6)

タイの田舎は不便ですが、そこにあるものを挙げると、①豊かな自然、②タイスマイル、③人々のコミュニケーション、④のんびりした日常、⑤必要最小限の物、⑥大勢の出入り、⑦安い物価(多分タイ人にとっても)、⑧親切心かな。

ないものを挙げたらキリがないですが、ない方がよくてないものとして、「怒っている姿」というのはどうでしょうか。こんなものはない方がいいですね。日本人は怒りやすい国民性なのか、比較的よく目にします。怒りまではいかなくても、日本人はよく怒鳴るしねぇ。

タイ人は人前で侮蔑されると泣くということを日本人から聞いたことがあります。そういえば、私が海外で過ごして、よく耳にし、最初に覚えてしまうのが、悪い言葉なのですが、タイではそれがありません。この文章を書いていて気がつきました。悪い言葉というのは、覚えやすいので言葉がよく分からなくても耳に残るものです。タイには比較的長く滞在していますから、それがないというのは改めて驚きました。

タイ語でバカというのは、「バー」と言うようですが、この言葉すらタイ人の口から発せられたのを聞いたことがありません。先日、10歳と8歳の子供たちが少し諍いを起こしていましたが、怒号はありませんでした。普段、怒鳴っているように声が大きいのですが、罵声を浴びせるということはないようです。

こんなことを書いていると、まるでタイに犯罪がないように思われてしまうといけないので、少し犯罪について触れておきましょう。私の海外在住で一番犯罪に遭っているのは、実はタイです。泥棒メイドに自動車保険詐欺なんてありました。犯罪の多い南米では、こちらが警戒しているせいか、幸い被害はありませんでしたけどね。

タイ人は、おおらかな性格を持っているせいか、なんでもありというところがあります。基本的に豊かな国だからなのでしょう、苦労して稼ぐというより犯罪に走りやすいようです。もちろん、こういう犯罪はバンコクのような都市部で行われるので、田舎で発生するということは少ないと思います。売春に対してもおおらかというのが問題ではありますが・・・

タイ人の感性は、40年前の日本に似ていますから、売春のみならず水商売で働く人に対しては強い偏見があるようです。スナックやカラオケバーで働いても問題はないと思うのですが、この辺は日本人とは感覚が違うようです。バンコクのカラオケバーでは連れ出しというのがあるので、全般的には怪しいと思われてもしょうがないことだとは思いますけどね。

侮蔑の表現を聞かないといったことと、このことは矛盾するようですが、水商売に対する差別意識はタイ人とよほど親しくならないと分からないと思います。タイの穀倉地帯であるイサーン(東北地方)は貧しいことで有名ですが、娘を売るなんてことが少し前まで行われていました。売られた娘はそれでも親に仕送りをするものです。娘の仕送りで大きな家を建てたなんて話もあります。

割り合い他人のことには無頓着なタイ人ですが、水商売全体については強い差別意識を持っているようです。もちろん、遊ぶときの男性がどこまで本気でそう思っているのか分かりませんが、もしも息子が水商売の女性と結婚したいなんて話になれば猛反対ということになると思います。それはそれ、これはこれ、ということなのかな。芸能界もそうじゃないかな、日本の一昔前もそうでしたが、水商売と同じようにみなされていました。今では憧れの業界なのかも知れませんが。
[PR]

by elderman | 2007-06-21 00:06 | えるだまの観察