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2005年 09月 05日

日本人の特殊性(6):恐縮の文化

「人前で赤面するのはドイツ人と日本人」とか「日本人はものおじする」とか言われますが、果たしてこの背景はなんでしょうか。私の目には「日本人には恐縮の文化」が根強く残っているような気がしてなりません。恐縮というのは、恐れて縮み上がるというような意味ですよね。要するに階級社会の名残のように思えてなりません。

そして日本人が愛好する「水戸黄門」だって「お上」の力そのものが背景だし、「暴れん坊将軍」なんて最たるものでしょう。日本人の心の中には相当強く階級意識が根付いているようです。「分相応」というような戒めもあるように、これもまた階級意識の現われにも思えます。

私が日本にいた頃、一流ホテルに入ることが躊躇われたものです。なんか分相応でないような気がして、「ものおじ」そのものでした。しかしよく考えてみると、ホテルだって営業の世界ですから、来訪する人を拒む理由ってないんですよね。たまに一流ホテルで珈琲を飲んで何が悪いというのでしょうか。

高校生の頃、霞ヶ関ビルの最上階の喫茶店でメニューをみたらどれも1000円以上で吃驚。一番安いものはないかと探したら、珈琲とレモンスカッシュをみつけました。それでも500円、この値段にしびれたから「ものおじ」を覚えてしまったのかも知れません。

私は若い頃から生意気でしたから恐縮というのはなかなかできなかったものです。しかし、年をとって誰かに恐縮されたりすると非常に困ってしまいます。相手は敬意を表しているつもりなのでしょうが、特段理由もないのに恐縮されるのっていうのは本当に困ってしまいます。難しいのはそれでその気になればアホだというところでしょう。日本人の人間付き合いには落とし穴が多いと思いますね。

自分の目の前にいる誰かを最上の人として恐縮してみせ、敬語を使い、一生懸命もてなそうとする・・・ 一見よさそうにみえる行為ですが、人によっては親しみのない行為とも、慇懃無礼ともとられたりしますからその運用には難しいところがあります。

恐縮とは違いますが、なにかで世話になったことについていつまでもお礼を言っているのは日本人ですね。恩を忘れないという姿勢はいいのですが、それを形式的に言っているのは日本以外の場所ではかなり異常に映ります。パーティの翌日、日本人なら必ず「夕べは大変お世話になりました。ありがとうございました」と言いますよね。この習慣は多分日本人だけでしょう。

パーティのお礼なら別れの時にちゃんと表明しているはずなんです。だから、日本人以外の人の場合、過去に遡ってお礼を言うというのは滅多にみない行為です。日本人同士でもよくありますが、挨拶代わりに「いつぞやは大変お世話になりました」なんてやられると、なんのことだか思い出せずに、「いや、どもども」なんて誤魔化していることがありますね。後で考えてもちっとも思い出せないとかあるでしょ。

日本人には恐縮していると相手への敬意になり、相手がいかにも世界で一番大事というような錯覚を与えることで社交を尽くしているようです。権威の前には逆らわず、安穏な時を過ごしたいというのが庶民の願いなのでしょう。保守的な面もありますが、かつて王様を殺してしまったフランス人にはこういう点は欠片もみられません。

赤面というのは自意識のなせる業ですから、自分をよく見せたいという願望からの緊張なのでしょう。イラン人であがってしまう人がいた話を聞いたときは意外でした。日本人以外にもいたのですね。楽器の演奏ではこの人前での緊張というのが大敵です。私はギターを演奏しますが、人前で緊張すると指が言うことを利いてくれなくなります。この問題の解消法はひたすら人前で演奏して自分自身を慣らすしかないですね。

話が戻りますが、バンコクにいたときに一流ホテルに対する私の「ものおじ」は消えました。同伴していたタイ人の若い女性はそんなこと一切おかまいなしに堂々としたものでした。この時に自分の頭の中にあった「ものおじ」の無意味さを理解させられたのでした。
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by elderman | 2005-09-05 00:08 | えるだま雑記【案内画面】


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