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2005年 09月 02日

日本人の特殊性(4):なんでもお金

日本人が勘定高いというとびっくりされるかも知れませんね。でも、外から日本人をみるとこれほど様々な行為をお金に換算している国民というのは世界中でも珍しいと思います。もちろん悪い意味ではなくて恩に報いたいという素直な気持ちから出ている行為ではあるのでしょうがね。

お金儲けに熱心なことでは中国人が世界的に有名ですが、彼らでも仲間にご馳走するときは金に糸目を付けないという慣習があります。日本人の場合は、前回は誰それがいくら払ったからなどということを一生懸命に考えたりしていますね。それが面倒なので割り勘という最終手段に頼ったりすることになります。

中国や東南アジア、いやアジア全体ではこの割り勘というのは非常に野暮に映っているようです。仲間うちでは払う人がごく自然に出てきて、通算すればなんとなくバランスがとれるというものなんです。割り勘の際、みんなで財布からお金を出している姿を美しいと思わない感受性があるようです。ということで私は面倒な割り勘が嫌いだし、煩わしさを避けるためなら全部払ってしまいそうです。これは中国人の友人の影響でしょう。

バンコクにある国際機関で働いていた時、私は中国人の友人のなけなしの収入を知っていたため、一緒に食事をするときには当然ながら私が多くの回数をご馳走していました。それでも彼は心苦しいのでしょう、負けないぞとご馳走しようとする姿勢には感動したものです。しかも彼の姿勢というのは決して見栄ではなく、心からご馳走したいというのが見えるんです。だから中国料理のレストランに行った時には遠慮なくご馳走になったものです。心からもてなしたいという気持ちが表れていて本当に気持ちのいいものでした。

バンコクの前、マレイシアにいた時に中国系マレイシア人にご馳走になったことがあります。彼がチャイナタウンを案内してくれて、その上美味しい料理をご馳走してくれたのです。そして二回目に会ったときに、私がこの前のお返しに是非ご馳走させてくださいと申し出たら、お返しならいりませんときっぱり断られたのには驚きました。「お返しとしてではなく、心からご馳走したいということなら」というニュアンスを感じ、私は素直に謝りました。あー、これがもてなしということなのかと教えてもらった気がします。お返しでは気持ちがいまひとつ伝わりませんね。しかも前回の彼の心からのもてなしをドライに受け止めていたというように誤解されたとしたら悲しいですね。いや、恥ずかしい。

なんでもお金というのは、香典帳しかり、祝儀ももちろん、日本人というのは何でも金額を几帳面に覚えていてバランスをとろうとします。細かいといえば細かいし、本来気持ちから出るもののはずが損得勘定につながってしまうというのが悲しいところです。形式、習慣を重視するあまりに本来の心が忘れ去られてしまったような気がしないでもありません。

文化水準が進んでいると言えばそうなのでしょうが、日本では人間の命や名誉毀損に至るまでその金額が存在するようです。そして、職場の仲間の親族が死んだとなれば、いくらいくらと決まっていて、親戚の中では年長者が一番多額あるべしなどという決まりがあります。年長者となると現役を引退していて、年金暮らしの人もいるので、この決まりを守るのは大変なんですが、そんなことはまず顧みられないようです。それよりお返しという概念が優先するのでしょう。

イラン人でもこういう金額に関しては無頓着ではないようです。少なく返せないという考えがあって日本人と同様に記録しているようです。これは特に葬式や結婚式の場合だと思います。これはアジアに共通する概念ですが、それにしても日本人はあらゆることを金額に換算しているような気がします。

ところで割り勘というのは英語ではダッチマン・スタイルと言います。ダッチはオランダのことですから、英国から分離独立したオランダ人を見下して付けられた呼称だと思われます。割り勘というやり方が「せこい」という感覚は世界中にあるようです。
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by elderman | 2005-09-02 11:10 | えるだま雑記【案内画面】 | Comments(6)
Commented by でっつ at 2005-09-02 12:07 x
こんにちは、初めてお邪魔します。
中国に住んでいます。割り勘の話が出たのでちょっと一言。
割り勘のことを、中国では「AA制」と言って、あまり歓迎されません。持ち合わせのある誰かが、まとめて払うのは、ここに記載されている通りなのですが、決してなんとなくバランスが取れているのではありません。
ノートにつけている訳ではありませんが、あいつは前回払った、こいつはその前に払った、などとしっかり覚えていて、結構根に持っているものです。また、うまく立ち回っていつも払わないヤツは、やっぱり嫌われます。
Commented by elderman at 2005-09-02 12:15
でっつさん、ようこそいらっしゃいました。^^
貴重な情報ありがとうございます。東アジアの人たちは共通な感受性を持っていますね。
いつも払わないやつなんて印象を持たれたら、そりゃぁ嫌われるでしょうね。
Commented by 宇宙和里 at 2005-09-02 12:24 x
お金に換算することが多いと、読んで思い出したのは、お中元&お歳暮です。本当に お世話になったとかの気持ちで送る人たちの割合ってどんなもんでしょうね?本当の心持ちよりも、義務感が多いように思います。結婚式のお祝いは、最近は欧米式のリストの中から選んで贈る方式を取る場合も出てきたようですが、それでも、その金額で迷うようです。安すぎてはいけないのかなとかって・・・。 おっしゃるとおり、外国人相手だとあまり割り勘ってないかもしれませし、する時は、気を使います。日本人はその場で白黒つけたいものなのでしょうか?だから、あれこれ覚えていたり、逆に割り勘にして後日に残さないようにしたり・・・。 そうそう、ついつい日本人ってお土産をきにしませんか? 今回のえるだまさんのを読んで、律儀にだれそれにお土産、とか、餞別を貰ったからお土産を買って帰るとか、そういうのって、お金に気持ちを換算するっていうのに通じるかも、、と思いました。その点、まだまだ私は日本人かもしれません。
Commented by elderman at 2005-09-02 12:31
宇宙和里さん、どうも。^^
几帳面な日本人らしい考え方だと言えばいいのかな。好意をお金に換算している訳じゃないのでしょうけど、見方を変えればそう見えなくもないということでしょうか。贈り物を選んで、相手の喜ぶ顔を想像できるうちは心がこもっていると言えるのでしょう。そうでなければ形式化してしまったってことになるのかな。
最近は海外旅行でもお餞別がなくなって来ていますね。面倒なことがなくなったことはいいことです。^^ 日本でお土産を手配してから出発するようになっちゃうものね。(笑)
Commented by japonikk-la at 2005-09-02 13:53
もう、次は何かしらと楽しみです。お金ですか今回は。またまた鋭い処を!私もどっちかというと、割り勘が楽で良いです。結局けちなんですよね。特にイラン人の習慣とかでとにかく、レストランの請求書の取りっこですごいですよ。そして払ってもらうと私は次はこっちだとかすぐ思ってしまうんだけれども、その時うちは子供いないから二人分だけの金額だけど、他は子供2人いれて4人だとか思っちゃてこんなんだったら自分達の分は、自分で払った方が安いってすぐ計算しちゃうんです。せこいでしょ、私? でも相手は全然そんな打算的な計算していないみたいですよね。ところでオランダ人のケチなのは有名で、よく冗談でユダヤ人がオランダ人から学ぶとか言いますよね。
わあ、次がもう楽しみ!!
Commented by elderman at 2005-09-02 13:58
japonikk-laさん、ありがとうございます。^^
割り勘というのはすっきりしていていいものですが、日本の外ではなかなかそうは行きません。得したとか損したとか考えないで、心からご馳走したり、ご馳走されたりしたら楽しいのですけどね。^^
イランでは物価が安いので、4-5人にご馳走しても知れていますけど、それでもイラン人の友人は数回おきにご馳走してくれます。^^ 物価が7分の1ですから、7回に1回でいいけどね。^^


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