えるだま・・・世界の国から

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2007年 10月 20日

遥かなる遺産 Part2(12)

平山は、全国の各州の担当者を集めて大きなセミナーを企画していた。平山を悩ませている問題は、イランで大きなセミナーを開催すると、各州から課長以上、場合よっては局長が参加して来ることがあるということだった。したがって、セミナーの開催通知には、技術移転のためのセミナーであることを説明にいれるようにアツーサに強く依頼したのだった。

しかし、それでも現実は、これまでみて来たように、平山の期待したようにはならないケースが多い。ケルマンシャー州でのセミナーのようなお祭騒ぎでは、技術移転もなにもあったものではないと思えるのだった。平山は思った。地方の局長クラスは、セミナーを大義名分にして、平山持ちの旅費を利用してテヘランに出て来たいのではないかと。

平山のオフィスでは珈琲をドリップ式で淹れることができる。イラン人はもっぱら紅茶を楽しむのだが、なぜか珈琲メーカーは販売されている。そして不思議なことに、ドリップ式の簡単な器具が売られていない。平山はテヘラン中を探したことがあるので、今では存在していないと確信している。今、使っているのは日本から持ち込んだものである。

そして、良質な珈琲豆の調達も大きな課題であった。日本食材をおいてある店ですら日本の美味しい珈琲豆は置いていないのだ。平山は日本の珈琲豆の品質の良さを再認識させられた。もちろん、もともと日本産の珈琲豆なんて存在しないので、円高のお陰でいい品質の豆を輸入できるせいなのだろうと思った。

今日もいつものようにオフィスに着くと、直ぐにアツーサが珈琲のためのお湯を沸かし始めた。アツーサはすっかり日本の珈琲のファンになっていた。一般のイラン人でも珈琲愛好者はいるが、その場合はインスタント珈琲が普通である。しかも、砂糖をいっぱい入れてである。

そうしているときに電話が掛かって来た。アツーサの携帯電話にだった。アツーサの表情が突然曇った。電話が終わるのを待って、平山はアツーサに声を掛けた。

「一体どうしたの?」
「主人が交通事故に遭いました」
「え?で、大丈夫なの?」
「病院に運ばれたそうです」

アツーサのあまりにも深刻な様子に平山は言葉を失った。アツーサは、珈琲どころではないだろうに、どういう訳か、黙々と珈琲を淹れている。平山は、アツーサが無意識にやっているのだろうと思った。

「アツーサ、タクシーを呼んで、病院に行けばいいのに」
「はい、そうします」

アツーサはようやく行動を起こした。タクシーを手配して、再び無言で珈琲を淹れた。タクシーが来るのには20分は掛かるところだ。アツーサが珈琲を味わっているとはみえなかった。やがて、タクシーが来るとアツーサは出て行った。平山は、アツーサに往復分のタクシー代を渡したが、戻って来れるとは思っていなかった。

アツーサのご主人が、ルノーの小さな自動車に乗っていることを平山は知っていたが、あの車で事故を起こしたとなると大変だろうと思った。しかし、事故の詳細は分からない。アツーサのご主人は医者である。医者であっても、自分自身で事故に遭ったのではどうすることもできない。

(つづく)

(注)こちらはフィクションですから人名など実在するものとは一切関係ありません。
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by elderman | 2007-10-20 00:00 | Comments(0)


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