えるだま・・・世界の国から

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2007年 08月 14日

幸福感について(2)

幸福感という曖昧で気持ちのいい感覚、そのことについてもう少し考えてみたくなりました。

原点は、高いお金を払って美味しいものを食べたときと、安いお金で美味しいものにありつけたときの差に興味を持ったからです。高くて美味しいのは当たり前ですから、感動は少ないとしたものでしょう。高くて不味ければ怒り出すかな。同じものを食べてもどうも感じ方が違うようです。

幸福感というのは、どうも曖昧でいろいろな要素があって感じられる性質のもののようです。では、次のような例はどうでしょうか。家庭の主婦が、毎日愛情を込めて手作り料理を一生懸命作り続けるのと、基本的に毎日手抜きでたまに本格的な手料理を用意するというものの比較ではどうでしょうか。

人間というのは贅沢なもので、どんなに愛情が込められていても、それが毎日となるとどうしても馴れてしまうものでしょう。手抜き料理でも同じじゃないかな。手抜き料理の毎日に馴れてしまうと、たまに食べる手料理がうんと美味しく感じられるというものでしょう。

飽食の時代といわれる日本ですが、日常の食事では、タイの田舎にいても同じような感動は味わえます。相対的に美味しいものに遭遇できれば、幸福感が得られるし、ましてやタイでは物価が安いので、経済的な側面からも満足感は得られるでしょう。

曖昧な幸福感というものの障害を考えると、どうもマンネリがいけないようです。マンネリの反対は何でしょうか。私はメリハリじゃないかと考えています。あらゆるもの、ライフスタイルについてもメリハリをつけるというのが、効果的じゃないかと考えます。

そう考えると、たまに手料理の失敗も楽しいものでしょう。こういうことがあるから、美味しいものにありつけたときに幸福感が得られるというもの。料理の下手な新婚さんでも、それが理由で離婚に至るというのは稀なような気がします。

いつも経済的に家で食事をしていて、外食がしたくても滅多に行けないというのもいいでしょう。たまに美味しいレストランや料亭で食事をしたら、感動するかも知れません。もっとも値段が高いというのが気になって幸福感にひたることが難しいかも知れませんけどね。

人間関係もそうかな。職場などで当たり障りなく過ごすのもいいけど、家族の中ではいつも誰かに何かがあるというのもメリハリになるのかも知れません。家族といると時間の経つのが速く感じるのはそのせいじゃないかな。大家族であればあるほどいろいろあるから、より面白いかも。核家族というのはそういう点で感動が少ないかも知れません。
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by elderman | 2007-08-14 07:54 | えるだまの観察 | Comments(10)
Commented by kkagayaki at 2007-08-14 08:38
今読んでる本にも何事もメリハリが必要と書いてありましたね。要するに
要所、要所で刺激を与える、またはあった方がいいということでしょうか?
刺激とはまた違うかもしれませんが。
Commented by えるだま at 2007-08-14 08:54 x
kkagayakiさん、私もそう思います。^^
メリハリの反対がマンネリという感じですから、いつも新鮮な気分でいたいものです。刺激というのも新鮮でいいでしょうね。怒りを誘発するような刺激では困りますが、好奇心を刺激するのはいいことではないでしょうか。^^
Commented by MAY at 2007-08-14 11:33 x
幸福感ですか。。以外とその時はわからないものですけどね。何かあったときとかにあの時って幸せだったなって思ったりします。一番の幸せは家族みんな健康で私自身も健康ということをつくづく感じます。健康であれば幸せの可能性は無限にあるのではないでしょうか。おいしいお酒を飲めるのも幸せだったりして(笑)。
Commented by えるだま at 2007-08-14 11:41 x
MAYさん、こんにちは。^^
本当ですね、健康あっての幸福ですから、まずは健康第一というところでしょう。病気になってから気がつくので遅すぎますから、いつも留意していないといけませんね。お酒を飲んで、煙草を吸って、健康チェックをしています。^^
Commented by madamkase at 2007-08-14 14:19 x
♪幸せ?それとも今は不幸せ? ご存じ都はるみの大阪しぐれ、メリハリそのものの毎日を送る私としては、最高に幸せ人間であると自負しております。
この世の事柄の多くは比較の問題で、いい人ばかりじゃいい人のいいところが分からない、
病気してみないと健康のありがたさが分からない・・・ですよね。
私はトルコに来て12年半、たまには風邪や発熱はしますが、歯医者以外は医者という人に
お世話になったことがない。これも本当にありがたいことと、ことあるごとに感謝の祈りだけは欠かしません。
Commented by えるだま at 2007-08-14 14:36 x
madamkaseさん、おはようございます。^^
それは大いに結構なことです。言われてみて気がつきましたが、私は日本にいるとメリハリを失ってしまうのかも知れません。病気をしないという意味ではいいことなんですけど。(苦笑)
こりゃぁ、またどこかに出て行かないと、メリハリを失ってしまいそう・・・(汗) madamkaseさんのところに1か月くらい転がりこむことにしましょうか。(笑)
Commented by MAKIAND at 2007-08-15 16:31
私は、毎日が大変新鮮に感じられるのです。
日々、何か小さな発見を楽しみます。
昨夜、カーテンを少し開けてみると、窓ガラスにアマガエルがくっついて、小さな蛾を食べていました。それをじっと見ているだけでとても新鮮な驚きを感じました。
Commented by えるだま at 2007-08-15 19:01 x
MAKIANDさん、それは素晴らしい。^^
小さな発見、大事なことだと思います。せめて心に余裕は持ち続けたいものです。
あの可愛いアマガエルが蛾を食べるのですかぁ・・・ それは知りませんでした。だから、発見なのかな。^^
Commented by はしばみセーラ at 2007-08-17 14:36 x
こんにちは。
帰国なさってから、はや何日か過ぎ、月日の経のの早いことを感じます。
背景も変わって、新鮮な感じですね。
幸福感、興味深く読みました。マンネリにならず、メリハリのある暮らしというのは、まさにえるださまさんの生き方そのものですね。いつも変化に富む暮らしを伝える、言葉の泉のようなこのブログにいつも感心しております。
私の幸福感は、必要とされる場所があることや、何か生産的なことをしているときや、親しい人との交流などの中に感じたりしますが、やはりこれらは、健康や時間の使い方のバランスともからんでくることですね。
えるだまさんの速度の10分の1くらいの回転数で暮らしている気がしますが、また忘れられないうちにお邪魔させていただきます。
Commented by えるだま at 2007-08-17 15:02 x
はしばみセーラさん、こんにちは。^^
日本ではタイよりも暑い日が続いています。この暑さの下ではどうにも活動的になれません。
私が変化を求める気持ちが強いのかも知れませんね。飽きっぽいという性格ではないと思うのですが、日々の中に変化がないとつまらないと感じてしまうようです。(苦笑)
幸福感については、私自身は普段ほとんど気にも留めていませんが、それは好きなことをやっているからなのでしょう。周囲には迷惑を掛けてばかりかな・・・(汗)
私ものんびりとはしているのですが、割り合い大胆に行動してしまうので、回転数が速く感じられるのでは?やっている項目が少ないから、それだけとも言えますけど。はしばみセーラさんのこと、忘れたりはしませんが、私のブログめぐりは最近さぼっているかも。(汗)


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