2007年 06月 22日

便利さと引き換えに失ったもの(7)

前回、大分話が脇道に逸れてしまいました。本当のテーマは、タイ人の幸福そうな様子の理由です。今の日本は、社会問題になっている部分の対症療法ばかり検討しているようですから、逆にどうしてタイ人が幸せそうにみえるのか、知りたいものです。

タイの田舎のいい点として、①豊かな自然、②タイスマイル、③人々のコミュニケーション、④のんびりした日常、⑤必要最小限の物、⑥大勢の出入り、⑦安い物価(多分タイ人にとっても)、⑧親切心、そして怒りや罵声がないことを挙げました。

便利になると、これらがすべて失われてしまうのでしょうか。①家の近くの自然は失われました。②スマイルを交わすということもなくなりました。③コミュニケーションは特定の相手だけになりました。④忙しくなりました。⑤物は溢れています。⑥大勢の出入りの機会は少なくなりました。⑦物価は高いですね。⑧本当は親切なのでしょうが、無関心が増えています。怒りは巷に溢れています。

残念ながら、タイの田舎にあるもののほとんどすべてが、今の日本では失われてしまったようです。こうなると、もはや、田舎は別世界としか考えられないということになるのでしょうか。ロストワールドは恐竜に限ったことでなく、身近な問題かもしれません。

しかし、日本にはまだ田舎が残っています。定年退職した団塊の世代が田舎志向であるということも報道されています。こういう現在の日本を作った人たちが、自分たちの作った世界に嫌気がさして田舎を志向するとしたら、私にはひどく無責任に思えます。

日本の政治家たちは、団塊の世代を含め、より高齢な人も、若い人もいますから、彼らはこの問題と闘っているのかも知れません。利権のためでなく、本当に日本を良くしたいという政治家だったら大歓迎なのですが、どうも現実はそうではないようで・・・

結局、若い人たちは活気のある大都市に住んで、年寄りは田舎に移住するのかな。すごい解決策だけど、ますます世代間の断絶になりますね。未来都市ってこんなのでしょうかねぇ。子供たちは都会のコンクリートジャングルの中で生まれ育って行くのかなぁ。あるいは、環境のいいところに住んでいる田舎のおじいちゃん、おばあちゃんが孫の面倒をみるなんてことになるのかな。

こんなことにならないためには、大都市が分散するしかないでしょうね。これからは、いろいろなものが大都市に集中し過ぎないように施策展開をしないといけないんじゃないでしょうか。それでも、ウィークデイは都市のアパートで、ウィークエンドは郊外の両親の家で過ごすというパターンになりそうですけどね。

そう考えると、団塊の世代は田舎に逃げて行くのではなくて、孫のためにいい環境を整備しようとしているのかな。老後を自然の中で過ごすというだけでなく、将来を担う大事な次の世代のために良好な環境を用意して待っているというのなら、前向きですねぇ。

私も、息子たちの職場からせいぜい2,3時間くらいのところで自然環境に恵まれた住宅地を求めることにしましょうか。今住んでいるところ、ちょっと出掛ければ十分田舎ですから、それでもいいのかな。妙な結論になって来たようです。^^

(おわり)
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by elderman | 2007-06-22 00:24 | えるだまの観察


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