2007年 06月 17日

便利さと引き換えに失ったもの(2)

便利さをもたらした最大のものは、インフラ整備と流通革命ではないでしょうか。どちらも私たちの生活スタイルを変化させるほどのものです。確かに便利にはなりました。でも、果たして幸福をもたらしたといえるのでしょうか。

インフラ整備の代表は、鉄道・道路の整備、都市整備でしょうか。大量輸送手段としての鉄道の役割が大きいことは言うまでもありません。いつも時間どおりに運行している日本の鉄道は素晴らしいと思います。問題は、鉄道の便利さの向上とともに駅周辺が開発され、さらにその周囲が宅地開発されるというところにありそうです。

開発行為そのものが悪いとはいいません。日本人って真面目だから、仕事の効率化を求め、多少のことは我慢するというのが当然という考えがありそうです。ウサギ小屋とまでいわれる住宅事情がその典型的な表れじゃないかと思います。

田舎のよいところの一つに家や土地が広いということがあると思います。そして、この影響というのはかなり大きいのではないでしょうか。小さな家や土地よりも、やはり大きな家で広い土地でゆったりと生活することが望ましいと思います。家が小さくても自然が身近にあればいいのですが、このことは想像以上に大事なことではないかと思います。

私の言いたいことは、急速な経済発展はいいのですが、終戦後、そのために居住環境について軽視したのが間違いではなかったかということです。狭い家で我慢、みんなそうなんだからと疑問にも思わず、集合住宅で生活し、バリバリ働いて来た。その結果が今日につながっているような気がします。

敗戦で資産ゼロから再スタートした日本の悲劇かも知れません。もっとゆっくりした変化だったら、多分違った展開になっていたのではないでしょうか。つまり、もっと個人の生活空間、周囲の環境というものに目を向けていたら、さまざまな開発行為の姿が違ったことだろうと思います。

残念ながら、すごい人口密度で宅地開発をし、自然を破壊してしまいました。今は環境アセスメントなどで貴重な自然を保存するようにコントロールされていますが、それもまだ不十分だと思います。そして、より深刻な問題は、戦後に作られた住宅だと思います。

今回の問題提起では、日本の都市部の宅地開発が問題だったと言っている訳で、問題解決の方法がほとんどないというのがさらに悲劇です。土地再開発にしたって一旦壊してしまった自然が戻る訳ではありません。現代の生活に疲れた人たちが田舎に移転するということしか解決方法がないかも知れません。

都市開発の理念は時代とともに変わって来ているはずですが、だからこそ性急な経済発展の中で宅地開発が一気に行われたことが問題だったと思います。最近の宅地開発では、快適性や自然保護という考えが生かされるようになりましたが、それでもまだ十分ではないでしょうね。

国土の狭い日本だから小さな家で我慢しなければならないのでしょうか。逆に人口が多過ぎたんじゃないかとは言えないでしょうか。現在の少子化現象というのは、そういう目で見ると自然な方向のようにも思えます。
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by elderman | 2007-06-17 01:28 | えるだまの観察


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