2007年 04月 05日

幸せを実感したくて

帰国している現在、私が不幸だというつもりはありません。ちょっとお金を出せば何でもある日本、こんなに快適な国は世界中でも少ないことと思います。私は、アジアの西の端の方にあるイランという国から極東にある日本に帰国したのですから、これほど幸せなことはないでしょう。

ところが、人間というのは贅沢にできているようで、それが日常になるとすべてが当たり前という感覚になってしまうようです。帰国してから専業主夫をやってますが、明日の食事何を用意しようかと考えるとき、何々は飽きたから別なものという発想になってしまいます。まさに飽食の時代と言えるでしょう。

映画スターなどのセレブな生活に憧れる人があるかも知れませんが、私は同じことだと思っています。毎日贅沢な食事をしていれば、それは日常になり、より刺激を求めるようになるでしょう。入手が一層難しい食べ物、希少で高価な食べ物を求めるようになるのかも知れません。

一方、セレブとは正反対な生活をしている発展途上国の子供たち、どうしてそんなに幸せなのかと思われるほどの笑顔を見せてくれます。実際、私の年齢以上の方々は戦後の日本を知っているでしょうから、食べたいものを食べることができたときの喜びを忘れることはできないのではないでしょうか。

私の今回のちょっとバカげた「タイで田舎暮らし」という計画の一つの動機に「幸せを実感したくて」ということがあるような気がします。もっと厳密に言えば「幸せを改めて実感したくて」なのかも知れません。改めて幸せを感じるためにわざわざ不自由な生活を自分に強いるのですから、バカげていると言えると思います。もちろん、本当の苦労とは言えないでしょう。

美味しい食べ物、タバコ、アルコール類、それらを我慢する生活をやや長期間続けると、現地での美味しいものを知り、ささやかな幸せを実感できるかも知れません。そして、我慢の果てにありつく日本食、好みのタバコ、高級なアルコール類など、きっと大きな幸せを改めて実感させてくれることでしょう。まさにこの幸せを味わうことが今回の目的なのかも知れません。

「足るを知る」という言葉は好きですが、単に自分に言い聞かせるだけでなく、実感としてそれを味わいたいという気持ちがあります。贅沢な暮らしをしているにも拘わらず、苦虫を潰したような表情をしているのではいけません。今の日本ってそんな感じではありませんか。だから、私は「タイで田舎暮らし」という計画を実行しようとしているのかも・・・。
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by elderman | 2007-04-05 12:49 | えるだまの観察


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