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2006年 12月 30日

日本人の心と今後について(4)

12.家庭での躾と学校教育
 宗教についてはちょっと置いておいて、家庭での躾、学校教育について考えてみましょう。家庭の躾が子供たちの人生観や生活態度に大きな影響を与えることは否定できないでしょう。問題は、それがちゃんとなされていないということかも知れません。躾だけでなく、親の考え方というものは、間違いなく子供に移転するものでしょう。

 そもそも、親が「正直者がバカをみる」と考えていて、子供にきちんと躾をしないとどうしようもないですね。これが案外、今日の日本の状況なのかも知れません。学校教育には、勉強はいいとして、躾についてあまり期待すべきではないでしょう。倫理教育というのはいいことだと思いますが、どこまで浸透するかはちょっと疑問です。学校の先生が坊さんのように映るってちょっと気持ち悪いかも・・・

 少し核心に接近して来たかな。今の日本のすさんだ社会情勢の原因は、家庭における躾の欠落といえないでしょうか。本来家庭でやるべき躾を学校教育に期待してしまい、ちゃんとした親が少なくなったのかも知れません。

 では、なぜ現代の親が子供に対してきちんと躾をしないか、という問題点を考えないといけませんね。一番先にあげられるのが、父親の不在でしょうか。厳しい労働環境で、家庭での役割を果たす時間がないのでしょう。母親も共働きで時間がないのかも知れません。

 もう一つは、そもそも親自身が躾をするという概念がないというのはどうでしょうか。これは少数だとは思いますが、犯罪につながるケースではここまで考える必要があるのではないでしょうか。

13.結論
 そろそろまとめに入りましょう。結論がみえないまま書き進めて来ましたが、どうやら諸悪の根源は、私たち親の世代に問題があるようです。子供たちの躾や教育を考える前に、まずは親の世代たちの教育が重要ではないかと思えて来ました。

 50代の私たちは、戦後教育で育って来ました。私たちの両親は戦争体験者です。敗戦により、大きく価値観を変えざるを得なかった世代です。でも、精神はそうは簡単に変えることはできないとしたものでしょう。その子供として育った私たちの世代は、まだ戦前の価値観で育てられたとも言えるかも知れません。

 とすると、一番影響を受けた世代というのはどこでしょうか。終戦のときに小学校に入るくらいの世代でしょうか。学校側でも教え方に当惑したでしょうし、当時の親御さんたちも躾には困ったかも知れません。特定の世代を名指しする意図はありませんが、かなりの数の家庭で子供に対する躾を怠り、放任主義になった可能性があると思います。

 その子供たちが成人して、結婚をして、現在その子供が大きくなっている。一見昔の人のように見える高齢の人たちの犯罪が報道されるようになりました。そして、傍若無人に振舞う中年の人たち、いじめなど問題を起こしている子供たち、家庭での躾を怠ったツケが回って来ていると考えるのは極論でしょうか。

 犯罪をする人は少数ですが、氷山の一角ともいえるでしょう。敗戦により精神的な拠り所を失った日本人、日本人らしい躾などを怠ってしまい、権利ばかりを主張するようになった日本人。戦後60年が過ぎ、経済的には奇跡的に再生した日本ですが、精神面ではボロボロになってしまったのかも知れません。

 精神的に病んでいるような現在の日本ですが、それを解決する方法は、子供たちの教育という問題以前に親たちの再教育という課題があるように思われます。まず、親がまともにならないことには将来を担うまともな子供たちを期待することはできないのではないでしょうか。

 親の世代の再教育ということは大変難しいことでしょうが、社会問題が顕在化して、大人たちが問題意識を持ち、原因を深く考え、反省することにより克服できるものと考えます。これからは、親の役割とか家庭の躾というような本が売れるようになるかも。

 最後に一言、社会問題を嘆いているだけでは仕方がないと思い、思いつきを書き上げただけなので、論理的な飛躍があるかも知れません。こんなことを考えてみたということでご理解いただければありがたいと思います。
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(おわり)
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by elderman | 2006-12-30 08:55 | えるだまの観察


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