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えるだま・・・世界の国から

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2006年 11月 27日

ペルシャの秘宝(3)

 文献によってイランの歴史を学んだ川島直紀は、次にテヘランにあるイラン考古学博物館に行くことにした。日本語版のガイドブックによると、紀元前6000年から19世紀に至るまでの、考古学的、歴史的に重要な美術品を集めたイラン最大の博物館と紹介されている。
 博物館はイラン政府外務省のある地区に近いところ、テヘランのやや南に位置している。本館には、紀元前6~4世紀のペルセポリスやシューシ、レイなどからの出土品がガラスケースに入れられて陳列されている。圧巻は紀元前550~330年のアケメネス王朝時代のものであろう。
 直紀が驚いたことは、アケメネス王朝時代の出土品のケースの中に、直紀が持っているあの瑠璃色の小箱とまったく同じものを発見したことであった。直紀の持っているものはこの模造品なのかも知れないと最初は考えた。イランならいくらでも模造品はあるだろう。しかし、あっさりと模造品と決めてしまっては亡くなった吉田画伯に失礼ではないかという気もするのだった。直紀はレイラにそのことを話した。
「私はこの青い小箱と同じものを持っています。」
「え?これって2500年も前のものですよ。」
「そう、だから不思議なんです。模造品なんでしょうか?」
「それは分かりませんが、鑑定をしてもらったらいかがでしょうか?」
「そう?鑑定なんて簡単にできるのですか?」
「ちょっと待ってください。鑑定を頼めるところを聞いてきます。」
 持っていったものが模造品と鑑定されたらさぞ恥ずかしいだろうと直紀は考えていた。しばらくするとレイラが戻って来た。
「鑑定してくれる良いお店の場所を聞きました。今度それを持って来てくださいね。」
「うん、そうするよ。それからレイラには書かれている文字も読んでもらいたいな。」
「文字が書かれているのですか、なんて書いてあるのでしょうね?」
「この陳列されている小箱の蓋の裏側も見てみたいけど、ま、鑑定の後ってことで・・・」

 川島直紀はイランに来て1週間が経過したが、イラン人がイスラム教徒ということであまり違和感を持つことはなかった。接していればまったく普通の人々としか思えないのである。朝にはアザーン(お祈りの開始)が朗々と聴こえて来るが、それしか気にならない程度なのだ。女性のヘジャブもイスラム教徒の証拠だろうが、それすら習慣と言ってしまえばそれまでのような気がした。
 直紀は瑠璃色の小箱をホテルから持参して来ていた。午後にでも鑑定できるところに持って行きたいと思っていた。しかしその前に裏蓋に何て書いてあるのかをまず知りたい。
「レイラ、これがその小箱だけど・・・」
「あら、本当ですね。博物館にあった物と本当によく似ていますね。」
「さあ、これですけど、ペルシャ語ですか?」
「えっと、はい、ペルシャ語です。」
「何て書いてあるの?」
「『ササン朝の栄華、永遠に』と書いてあります。」
「アケメネス王朝ではないんだねぇ・・・紀元前だもんなぁ。」
「はい、ササン朝は3-7世紀です。」

 直紀とレイラは小箱を鑑定してもらいに博物館から紹介された骨董品の店を訪れた。鑑定には経費が掛かるだろうが、直紀はそんなことよりも好奇心の方が強かった。紹介された店はヴィラ地区の一角にあった。ヴィラ地区にはハンディクラフトの店がいっぱい並んでいるので、外国人観光客を結構みかけることができる。
 店に入るとレイラが話した。
「サラーム・アレイクム」(こんにちは)
「サラーム」(こんにちは)
「ベバシッド(失礼します)、鑑定をお願いしたいものがあるのですが。」
「モンダゼール・ベムン。」(ちょっと待って)
 店にいたイラン人は店の奥に入って行ってしまった。しばらく待つと、初老のイラン人が現れた。
「何を鑑定してほしいのかな?」
「はい、こちらなんですが。」
「これは・・・」
「ご存知なんですね?」
「うむ、考古学博物館で同じものを見ただろう?」
 この初老のイラン人はちょっと見ただけで瑠璃色の小箱の素性を当ててしまったようだ。直紀言葉は分からないまでも二人のやり取りをみているだけで老人が小箱を知っているということが分かった。直紀の代わりにレイラが答えた。
「はい、そのとおりです。」
「しかし、ここには『ササン朝』と書いてある。うむ。」
「はい、そうなんです。となるとアケメネス朝のものであるはずがないですね。」
「うむ」
「これは模造品なのでしょうか?」
「いや・・・うむ」
 初老のイラン人は本当に当惑しているように見えた。そしてしばらくの沈黙。レイラは待った。イラン人がやっと口を開いた。
「これはどう見ても同じ時代のものに見える。すると発掘年代が間違っているのか、あるいはこれが模造品なのか・・・」
「そんなに難しい話なのですか・・・」
「ラピスラズリでこの細工をすることは簡単じゃない。」
「ラピスラズリ?」
「ああ、この石の名前だがね。」
 レイラが直紀にラピスラズリという名前のことを説明した。直紀には初めて聞く名前であった。初老のイラン人は話を続けた。
「この材料でこの細工は、あの時代にしか見られないものなのだ。よほど特殊な意味があって作られたものだと思われるのだが・・・」
「価値があるのですか?」
「素材にはそれほどの価値はないが、考古学的な見地から価値が高いってことだよ。」
 レイラは直紀に詳しく通訳をした。初老のイラン人はレイラに聞いた。
「博物館に置いてあったものには何て書いてあったのかな?」
「ガラスのケースに入っていましたから、蓋の裏側は見ることができませんでした。」
「そうか、何も書いてなければ、あれがオリジナルということかも知れないな。」

 レイラと直紀は骨董品の店を出た。初老のイラン人は鑑定料はいらないと言った。それほど有名なものなのだろうか、あるいは十分な説明ができないために料金を取らなかったのだろうか、直紀には分からなかった。レイラが直紀に言った。
「川島さん、博物館に行って、箱の裏側を見せてもらいましょう。」
「そうだね、何が書いてあるのか、あるいは何も書いてないのか、気になるね。」
「そうなんです。私も気になってきました。」
「レイラも好奇心が強いんだねぇ。」

 二人が博物館に着くと、レイラに先日鑑定をしてくれる人を紹介してくれたという女性がいた。レイラは彼女に例の展示物を見せてほしいとお願いした。すると彼女が言った。
「先日もあれを見せてほしいという人が現れました。どういうことなのでしょうね?」
「え?そうなんですか・・・ どうしてでしょう・・・ イラン人でしたか?」
「はい、イラン人でした。」
「まさか、あの鑑定師ってことはないでしょうね。」
「いいえ、紹介しましたように彼のことなら知っていますから、別人です。」
「あはは、そうですよね。」
「では、こちらに来てください。お見せしましょう。」 
 博物館の女性はガラスのショーウィンドーの鍵を開けて、瑠璃色の小箱を取り出した。蓋の裏側には文字が刻まれていた。直紀は何という記述があるのか知りたくて、レイラに翻訳を急いた。
「何て書いてあるの?」
「えっと、『遥かなるノガン』かな・・・」
「かなって?はっきり分からないの?」
「『ノガン』って意味が分からないのです。」
「ペルシャ語じゃないのかな?」
 二人のやり取りを聞いていた博物館の女性が口を挟んで来た。
「『ノガン』というのはとても古い町の名前で、マシュハドの中にあります。」
「ああ、そうなんですか、地名なんですか。」
 レイラはやっと理解できたという表情をした。レイラが直紀に博物館の女性の話を通訳して説明すると直紀は言った。
「するとこの箱はやはりアケメネス朝の時代ということで間違いないんだね。」
「はい、確認してみますね。」
 レイラは再び博物館の女性と話をし始めたが、直紀は自分の持っている小箱が偽物だという失望感に襲われた。
「タイムマシンじゃあるまいし、未来に出現するものの名前を彫れる訳がない。」
 直紀の独り言を聞いたレイラが言った。
「彼女に発掘のことなど詳しく調べて、何か分かったら連絡をくれるように頼みました。」
「そう、ありがとう。でも、もういいや。」
 なんだか気力が抜けてしまった直紀であった。

 直紀は小箱のオリジナリティに対する追求心は大分喪失してしまったが、小箱の意味には興味があったし、今日知ったラピスラズリという材料に興味を持ち始めた。直紀はホテルに帰ると早速ラピスラズリについてインターネットで検索を始めた。エラム・ホテルではインターネットをよく使用する直紀のために電話回線を2本に増やしてくれていた。

 ラピスラズリについて調べてみると次のことが分かった。
「紀元前3000年、メソポタミアのシュメール文明はすでに華麗に花開き、金のすばらしい細工が装身具、器、戦車の装飾、動物、楽器などに施されていた。1922年、イギリス人考古学者レオナルド・ウーリー卿の指揮のもとに発掘された都市国家ウルの王の墳墓は、実にツタンカーメンの王墓以来の偉大な発見といわれたが、特に王妃シュバドの墓からは、数々の注目すべき装身具が発掘されている。広々とした埋葬室には金、銀、ラピスラズリ、各種のメノウのビーズで仕上げられた「衣服」をまとった王妃が横たわっていた。そこに使われた宝石の量からみて、それは『ジュエリーというよりむしろ豪華に飾られた衣服そのものであった』と記録されている。おびただしい数の金の指輪、イヤリング、ブレスレット、ネックレスなどを引き立てていたのがラピスラズリの青紫色とカーネリアンの赤であった。王妃の右腕のそばには三本の金のヘアピンが置かれていたがいずれもラピスラズリの玉がつけられており、三個の魚の形をしたお守りは、二個は金製だったが、一個はラピスラズリでできていた。金とラピスラズリの組み合わせの美しさは、シュメール人がすでに知っていたわけである。
「同時期、インダス文明においては、金はそれほど多くは使われておらず、女性たちの身を飾ったのは様々な貴石、半貴石のビーズで、主にカーネリアン、ジャスパー、アマゾナイト、翡翠などを使い、それにアフガニスタン産のラピスラズリを混ぜて使っていた。
「一方、古代エジプトでは何世紀にもわたって王朝の繁栄が続いたが、初期にはメソポタミアの影響を受けながら、独特の様式、技術を産み出している。ラピスラズリ、トルコ石、カーネリアンなどがビーズとしてだけでなく七宝と併行して、色彩を豊かにするためカットされ、磨かれて使われた。ツタンカーメンの装身具を見ると、ナットゥ、ネクベットゥなど神々のシンボルが、細線細工や七宝、象眼などの高度な技術で作り出されているのに驚かされる。そして面白いことに、ネックレスなどに使われたビーズの多くは、ファイアンス焼きで、その色はラピスラズリの青紫色とトルコ石の空青色に似せて作られている。
「聖なるスカラベは金やラピスラズリ、さんごなどでも作られたが、ラピスラズリ色のファイアンス焼きも多い。また、モーゼの十戒が刻まれたサファイアの板は、実はラピスラズリであったことが明らかにされている。」
 
 イラン暦の週末(西暦では木曜日と金曜日)が終わり、直紀は日本を出発する時から決めていたことを実行することにした。まだ本格的に仕事が始まった訳ではないので、直紀の外出は自由だった。直紀はレイラに話した。
「実は会いたいイラン人がいるんだけど、協力してくれないか?」
「はい、どういうことでしょうか?」
「アミール・アルデスタニという人を探して会いたい。彼は私の伯父の知り合いなんだ。あの小箱をくれた人でもある。」
「どこに住んでいるのか分かりますか?」
「伯母さんから住所をもらって来ているが、果たして今もそこにいるかどうか、あるいは生きているかどうかも分からない・・・」
「では、まずその住所のところに行って情報を集めて、それからまた考えるというのではどうでしょうか?」
「よし、決まったそうしよう。」

by elderman | 2006-11-27 18:30


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