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2006年 09月 13日

国際協力について(2)技術移転

ODAの中の国際協力において技術移転という項目があります。経済大国であり、進んだ技術を持っている日本ですから、開発途上国に対する技術移転は大きな援助になるものでしょう。国際協力不要論という観点から見た場合でも、日本国として開発途上国から技術指導や技術移転を求められて拒否するということはできないでしょう。

ただ技術移転が的確に有効になされたかどうか、これが重要なポイントですね。円借款の場合、あまり感謝されていないと書きましたが、技術移転の場合は被援助国からの感謝は大いに期待できそうです。技術移転はお金の動きというよりも専門家などの技術者によって実行されるものだからです。この実行機関がJICA(国際協力機構)です。JICAの有名な活動として海外青年協力隊というものがありますが、これは今回のシリーズでは除外しておきます。

さて、この日本の技術移転に対してこれまでにさまざまな批判がなされています。円借款でもそうですが、援助した結果が有効に利用されていない、供与した機材が使われていない、このような問題が指摘されたのです。過去を見てみると、日本が経済成長を謳歌し、国際協力の金額が米国を抜いた時期があります。国内を見ても、「箱もの行政」という言葉がありました。

技術移転の方法にはいくつかの種類があります。ソフトだけの技術移転では限界があるので、機材を供与してその上でノウハウを技術移転していくというものがあり、そこに「箱もの行政」のような建物や機材を供与して技術移転を行った例があります。建物や機材だと援助というものが目に見える形をとるので、ハード志向の強かった日本の文化にはぴったりしたものだったのです。

ちょっと話が逸れますが、私は、コンピュータが普及するまでは日本は徹底したハード志向だったと考えています。コンピュータでもプログラムなどのソフトはおまけという時代が結構長かったと思います。今では逆転しているものもありますね。例えば普通の携帯電話ならハードは無料というものが極端なものでしょう。開発途上国では未だに携帯電話は高価なものです。

スーパーファミコンの場合でも、ゲームが立派なカートリッジに入れられているのはお金を出す両親のためと言われたくらいです。遊んでいる子供たちにはカートリッジなんて重要なものではないのですが、肝心のお金を出す両親がハード志向の頭なので、粗末なカートリッジに入ったゲームソフトにはお金を出してくれないという考えがあったのです。

こういう時代背景ですから、国際協力における「箱もの」は比較的安易に実行されたのものと、私は考えています。その結果として、高級な機材が供与されたものの相手国の教育水準、技術水準が追いつかず、日本人専門家の技術移転の苦労にも拘わらず、活用しきれない、最悪の場合は使われていないというような事態に至ったのだと思います。

こういう「箱もの」の援助は見直されたので、既に昔話ですが、現在はよりシビアに本当に役に立つ技術移転というものを考え、実行しようという動きになっています。

しかし、技術移転という国際協力にはさまざまな問題があることも事実で、残念ながらすべてがうまく実行されていると言い切ることはできません。JICA(国際協力機構)では、有効な技術移転のためにということで、さまざまな試行錯誤が行われていると言っても間違いではないでしょう。

(つづく)
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by elderman | 2006-09-13 06:42 | えるだまの観察


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