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2006年 07月 23日

パサルガダエ(3)王宮

次に訪れたのが王宮跡とされている場所です。現場にはペルセポリスで見たような石柱の跡だけが残っていました。石柱の仕上げはペルセポリスのものと似ているように思われました。この時代、いったいどうやって削って磨き上げたのでしょうか。

約3200平方メートルの敷地ですから、1000坪という大きなものです。宮殿に入るゲートに「私がアケメネス朝の王、キュロスである」と楔形文字で彫られています。もちろん楔形文字なんて私には読めませんから、現場にあった説明文からです。

ともあれ、ここは居住用の宮殿として使われていたという説が有力のようです。
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「私がアケメネス朝の王、キュロスである」
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by elderman | 2006-07-23 10:48 | Comments(2)
Commented by madamkase at 2006-07-24 03:39 x
遺跡は常に侘しくもの悲しいものですが、私は大理石の列柱の立ち並ぶ宮殿や神殿の屋根はどうなっていたのだろうと興味があります。
屋根の残っている遺跡はほとんどなくて、大理石造りだと、屋根も大理石なのでしょうから、柱には非常に重い力がかかっていたのでしょうね。それが疑問です。
Commented by elderman at 2006-07-24 09:00
madamkaseさん、 おはようございます。^^
栄枯盛衰、諸行無常、遺跡からはいろいろ考えされますね。石の柱しか残っていないことは残念なことです。屋根は木材が使われていたようで、その木材は燃やされたりして消失してしまっています。木材の屋根を保護するものがあれば、2000年でも保存できそうですけどね。


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