えるだま・・・世界の国から

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2006年 05月 28日

イランの思い出(5)使用人

アパートをみつけたら次は使用人探しです。どこの国でも快適に過ごすためには使用人との関係が大事です。そして、いい使用人をみつけることは難しい課題でもあります。結果的には、秘書2人、シェフ2人、運転手5人というお付き合いになりました。

秘書のアツーサは、私の帰国までの約3年間働いてもらいました。今でもまだやってもらうことが残っています。まさに右腕というほどにまで成長してくれて、ずい分助かったものです。アツーサの前に一人秘書がいました。ナスリンという名前で、日本語が話せる女性です。

ナスリンは日本に8年近く滞在し、語学学校で英語の教師をしていたと言います。もちろん不法滞在だったものです。彼女が日本語を話せるのはいいのですが、仕事の話となるとさすがに日本語では無理でした。それでも、私がイランに着いた当初、彼女から得られたイランの情報は貴重なものでした。

彼女は日本語のカラオケもできるし、お酒も飲むし、楽しい時間を持つことができました。解雇したのにはいろいろ理由がありますが、日本での生活を知っている彼女には現地相場での給料は辛いものがあったのではないかと思います。仕事を辞めた後は、韓国の企業に就職したそうです。

彼女が日本に行って受けたカルチャーショックの話はとても面白く、いくつかを今でも覚えています。レストランでアルバイトをしていたら掃除を命じられたそうです。掃除なんて自分の仕事ではないと思う彼女は涙が出てきたと言います。そして、気がつくとそこの社長が掃除をしているのを発見したそうです。イランでの仕事の役割分担というのは明確ですから、社長が掃除をしているのを知ったときの驚きは大変なものでしょう。

また、彼女は喫煙者なのですが、イランでは女性の喫煙というのは好ましくないと考えられているので、吸うときは周囲を気にしていました。イランで女性の喫煙が好ましくないというのは、健康上の理由で好ましくないというものではありません。昔の日本もそうだったんじゃないかな。

イランの食事のせいでしょうか、彼女は肥満ではないのですが、ある日突然ダイエットを始めたのです。イラン人女性、特に中年女性はやや肥満体の人が多く、それは幸せなことと歓迎されてはいるのですが、昨今ダイエットの関心が高く、クリニックに大勢の肥満体の中年女性が通っているという話を聞きました。

ナスリンの場合は、まだ独身だし、結婚するという希望を持っていました。イランで30歳過ぎの女性の結婚というのはちょっと難しいという話は他から聞こえていましたけど・・・ それでも、カロリー制限の処方を受けて毎日辛そうにダイエットに挑戦していました。

日本にいたときにイラン人の彼がいたそうですが、別れてしまったようで、その彼とよりを戻すことは考えていないようでした。むしろ、彼と大事な時期を過ごし、婚期を逃したことを後悔しているようでした。アン・ルイスのような顔をしたナスリンですから、日本でもてないはずはありません。イラン人の彼がいなければ日本人と結婚していたかも知れません。

彼女を解雇した後、二人目の面接でアツーサをみつけました。英語が話せるといいながら全然話せないという候補者がいる中、アツーサの英語力はたいしたものでした。大学の専攻は英語の翻訳ですから、当然と言えば当然ですけどね。秘書はアツーサを得て一件落着でした。もっともアツーサは、当初世事に疎く、秘書としての仕事をこなすのに四苦八苦していました。

(最初の秘書のナスリン)
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(最後まで働いてくれたアツーサ)
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by elderman | 2006-05-28 08:52


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