2006年 04月 12日

友人の死

帰国すると悪い知らせが待ち受けていることがあります。一昨日友人から知らせがあり、私の友人が自殺して亡くなったというものでした。私は、13年前に彼と一緒に働いていた職場を辞め、海外での仕事を続けていますから、彼との交友は一時帰国しているときに会って酒を飲むという程度のものになってしまっていました。

亡くなったのはもう3か月も前のことでした。特急電車への飛び込み自殺だったということです。私は急いで家族の家に向かいました。私と彼とは最初に就職したときからの付き合いでした。そして、家族ぐるみの交際がありました。私が駆けつけたところで故人が戻るというものではありませんが、友人の自殺の理由を知らずにはいられない気持ちでした。

3か月が経過していたせいでしょう、遺族の方たちの気持ちの整理がついていたので助かりました。自殺の理由については、いろいろな言われ方があるでしょうが、人間というものはそれほど単純ではないでしょう。仮面性うつ病などというのは後からとって付けた病名に思えます。

遺族の話、残された日記から彼が長い間、死を考えていたこと、最終的に自殺を決意した日が分かりました。実行したのは2週間後です。その間、家族や職場の仲間に悟られず普段と同じように接し、実行の日を待っていたようです。心の中で家族たちに別れを告げていたのでしょう。実行の日も家族に悟られないようにして散歩に出掛けたと言います。

自殺の本当の理由にはさまざまな憶測ができますが、ひとつはっきりしていることは、彼自身が自分の人生に見切りをつけ、終止符を打つ決断をしてしまったということです。愛妻家であり、マイホーム・パパであった彼が独りで逝ってしまうというのは、少し不思議な感じでしたが、子供を育てるという責任をまっとうし、思い残すことがないというように、彼自身の人生に見切りをつけたようです。

悲しいのは、家族や友人などの残された人たちです。私には、彼の笑顔をみたい、話をしたいという気持ちがあります。心の中にポッカリと深い穴が開いてしまった感じです。



私が24歳で就職したとき、その職場に彼がいて笑顔で迎えてくれました。生意気な私は周囲と摩擦ばかり起こしていたので、彼の笑顔、人柄がどんなに救いになったことでしょう。働いて最初の一年は大変苦しい経験でした。この一年は忘れようがありませんが、彼と一緒に仕事を処理したことでなんとか乗り切ることができたのです。

その後、仕事は別々になりましたが、10年くらい経って、再び同じ課に配属される年がありました。担当は違いますが、席は1mも離れていませんでした。一緒に飲むこともよくありました。彼も私もクラシック音楽が大好きなので、そういう話題に花を咲かせて飲んだものです。

彼は英語が上手で英検1級を持っています。若いころにはドイツに長期にわたって滞在し、ヨーロッパ旅行をしたという経験の持ち主でもあります。私が職場を辞めて海外を仕事の場にしましたが、彼にもそういう夢があったのかも知れません。私と違うのは、彼にはそれを実行するだけの自由度がなかったということでしょうか。家庭環境、専門性、身勝手に仕事を辞めてしまうことはできないでしょう。

彼との共通性は、大学の専攻にもあります。私たちは理学部物理学科という同じ専門でした。私はひたすら大気汚染という専門に入り、長い期間その仕事に携わることになりました。一方、彼はいろいろな課を異動しながら、ジェネラリストのような技術吏員として仕事をやっていました。

私が職場を辞める前、彼に対して感じたことですが、彼は就職してから長いこと興味の持てる仕事を探しているようでした。そして残念なことに、彼から次第に仕事に対する興味が減退していくようなものを感じていました。私が辞めてから、彼は一層マイホーム・パパになっていったようです。

今回の訃報を受けて、自殺の理由を知りたくて誰が一番親しいのか調べたのですが、職場の仲間との交流を深めることはなくなっていたようです。温厚な性格で笑顔を絶やさない人物ですから、変人には思われようもありません。敵のいない性格とも言えるでしょう。今回の自殺では職場のみんなが意外に思い、ショックを受けたということでした。

彼は優しい性格なのでしょう、自分の意見を強く言えないという性格を持っていました。私とは正反対の性格なのでストレスはさぞかし蓄積され続けたのだろうと思います。責任感があり、周囲に迷惑を掛けたくない、面白いとは思えない仕事もこなさないといけない、こういう状態で長い期間を過ごすことは精神的にも肉体的にもいいはずはありません。

仕事に対して情熱を持てなくなった彼は、さまざまな分野に興味を示したそうです。多趣味だったと言われています。自分の本当に求めているものをずっと探し続けて来たように思われます。そして、残念ながらそれにも疲れてしまったようです。個人個人の興味、インセンティブがテーマですから、家族でも友人でも手助けをすることはできないでしょう。

彼は試行錯誤しながら、一生懸命に生きて来たのだと思います。そして、自身の人生に終止符を打つという結論に達したようです。几帳面な性格でもあり、美しく生きたいという美学があったようです。健康管理もしっかりやっていたそうです。親御さん、家族が健在でいながら、先立つというのは身勝手なことだと思いますが、個人個人にはそれぞれの価値観があり、その上で大きな決断をしたようです。

私は、彼の人生観を理解してあげることが供養になるのかも知れないと感じています。そして、彼の自殺は、突発的、衝動的なものではなかったと考えています。
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by elderman | 2006-04-12 10:35 | 日々の雑感


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