えるだま・・・世界の国から

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2006年 01月 29日

古い記憶(21)小学二~三年生の頃

(紙芝居)
TV番組の方に話が移る前に、その他のことについて一生懸命思い出してみたいと思います。TVのない時代、紙芝居はたいへん楽しみでした。「だるまさんがころんだ」なんて遊びをやりながら、紙芝居を待ったものです。

小学校二年生だった私が、微かに覚えている紙芝居の出し物は「黄金バット」くらいなものです。TVもTVゲームもない時代ですから、紙芝居は最大の娯楽だったかも知れません。私の家は残念ながら、紙芝居のおじさんのところで買い食いすることを好ましいと思っていなかったようで、少し恨めしい思い出がありますが、それでも水飴などを買った記憶はあります。

真っ赤なイカを食べたかったのですが、これは禁止されていました。きっと美味しいんじゃないかと今でも思っていますけどね。

(縁日)
城下町のせいか、小学校の帰り道には縁日でいろいろな屋台が出たものです。板のような飴に絵が彫られていて、それを舐めてきれいにくり抜くと賞品がもらえるとか、粘度を型に入れていろいろな形を作って、金粉などで装飾して仕上げるなんていう遊びもありました。

(駄菓子屋)
小学校の近くには子供たちを対象にした駄菓子屋があるものです。小学校3年生くらいから、お小遣いをもらえるようになったので、よく言ったものです。週に100円くらいのお小遣いだったろうと思います。5円単位でいろいろな駄菓子が買えたものです。

「スカ」なんて単語を覚えたのはこのクジ付きの駄菓子のせいです。「スカ」ってなんだか人をバカにしたような発音でおかしかったですね。ラムネ菓子、コーラの粉末もあったような気がします。

景品が豪華だったのは甘納豆でした。甘納豆そのものはたいして美味しくはないのですが、景品に惹かれて買ったものです。まだ新しいうちに一等賞が出てしまったら、もう売れなくてお店が困るんじゃないかって考えたものです。不思議となかなか一等賞は出ないものです。

ある日残りが10個くらいになり、まだ一等賞が残っているということがありました。お店のおばあちゃんに全部買って一等賞がなかったら一等賞の賞品をくれるかどうか、掛け合ったことがありました。全部開けても一等賞はなかったと記憶しています。どうもインチキ臭いですね。(笑)

(銭湯)
引っ越したばかりの頃には家に風呂がありませんでした。というよりも、借家に二世帯が入っていたので、風呂の部分は他の世帯が使っていたのです。多分その部分は台所として使用されていたのではないかと思います。まだ小学二年生ですから、母親と一緒に女風呂に入っていました。父親は風呂はどうしていたんだろうなぁ・・・ 夜出掛けて行ったのかなぁ、思い出せません。

(チーズ)
多分私が小学二年生の頃のことだと思います。生まれて初めてチーズというものを口にしました。最初は妙な味だと思いましたが、なかなか美味しいと思うようになりました。お隣に住んでいる家族に3歳くらいの赤ちゃんがいたので食べさせてると、そのお母さんが飛んできて、石鹸を食べていると思ったらしく赤ちゃんの口から取り出してしまいました。そのお母さんはチーズなんて知らなかったんです。

(お菓子屋)
家のある路地から商店街に出ると、そこにはちゃんとしたお菓子屋さんがありました。本当はお茶を売っている由緒あるお店なのですが、子供の私にはお菓子屋さんでしかありませんでした。10円を持ってお菓子を買いに行ったものです。小さな紙袋に入れて量り売りをしてくれました。一番量があったのは金魚の形をしたあられでした。ミカンの飴だと10個くらい入っていたようです。
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by elderman | 2006-01-29 12:24 | Comments(10)
Commented by ショコポチ at 2006-01-29 14:22 x
駄菓子屋さんと子供との関係って、一種「だましあい」ですよね~(笑)
うちの夫の田舎(千葉県長南町)に、一筋縄ではいかない駄菓子屋があったらしいんですよ。店の前に、よく「ガシャポン」てあるじゃないですか。10円とか100円とか入れると、プラスチックのカプセルに入ったオモチャが出てくるやつ。ところがその店の場合は、中身が「カラ」の場合があるんですって。で抗議すると「あれ~残念だね。それハズレだよ」。ところがある日、小学生の夫は見てしまったのです。子供が捨てたカプセルを拾い、ガシャポンの機械にまた入れ直す店主の姿を…。
Commented by elderman at 2006-01-29 15:40
ショコポチさん、これもまた面白いですね。^^
しかし、子供を騙すというのはなんともいけませんねぇ。(苦笑)
クジの景品が最初に当たってしまったら困るということも事実でしょうが、
もうちょっとやりようはないものでしょうかね。
それにしても、カラというのはあんまりだなぁ・・・ 
Commented by Mook at 2006-01-29 17:22 x
駄菓子屋、良く行きました、酢イカも食べてました、ちびっこコーラとか言う、偽者コーラは不味かったです。
公園の縁日では、粘土を型で作る奴・・・あれって、作品の出来で点数貰えるのですが点数が溜まった頃になると、なぜか型屋さん 来なくなるんです(笑)
あと、吹き矢で当りが出ると景品に交換出来る奴や、お好み焼き屋も
来てました。

お好み焼屋は20円~300円までありました。
辛いのでは、キチガイ天、原子力脳膜炎天と言う、一味唐辛子とカレー粉とちびっとのキャベツが具と言うものがありました。

おでんやも5円から食べられました、魚肉ソーセージとか竹輪麩でしたが

Commented by elderman at 2006-01-29 17:34
Mookさん、こんばんは。^^
よく覚えてますねぇ。Mookさんとは7歳違いですけど、駄菓子屋というのはあまり変わらないもののようですね。
吹き矢って筒は、ブローニー版のフィルムの後ろの紙だったでしょ。懐かしいなぁ。^^
お好み焼きは記憶にないから、食べさせてもらえなかったのか、存在しなかったかです。地域性かな、時代の差かな・・・
Commented by at 2006-01-29 21:50 x
自転車に乗せた紙芝居やさん、行きました。水あめを買いました。3本の割り箸で、こねて白くしてなめました。水あめに気持ちが行って、紙芝居の内容は覚えていません。家にも大きなビン入りの水あめが有りました。籤を引きに駄菓子やへよく行きました。当らなかったので、大人になって、菓子問屋へ行って、籤セットを買ってみました。1等ありましたよ。当たり前か・・・。
Commented by elderman at 2006-01-29 22:14
華さん、こんばんは。^^
へぇ、華さんにもそういう思い出があるのですか。水飴ってどうしてコネコネして白くするんでしょうねぇ。量が増えるのかなぁ。甘くなるとも思えないけど。
あはは、一等賞の当たりクジがないんじゃひどいね。(笑)
Commented by aki at 2006-01-29 22:47 x
紙芝居屋さんの話はよく母から聞きました。私はそれに憧れて、一度見てみたかったものでした。黄金バットはアニメで見ていましたが、あれが始まると、4つ年下の妹は怖がって大泣きするので、とうとう母から禁止令が出た。納得いかない~~~~!妹は泣き出すと手がつけられない子だったため、母がもてあますという、それだけの理由だったのよね。
Commented by elderman at 2006-01-29 22:58
akiさん、こんばんは。^^
紙芝居ねぇ、今見たらなんとじれったい展開なんだろうって思うんじゃないかな。昔はすべてのものがゆっくり進んでいたものです。
感受性という意味でも、今ではCGで何でもできちゃうから、何を見ても驚かなくなってしまいましたね。いいんだか、悪いんだか・・・
Commented by あじゅるえずめ at 2006-01-30 00:28 x
子どもの頃、『ふ菓子』が大好きで、ある日何本かまとめて食べたら、気持ちが悪くなりそれ以来食べられなくなりました(笑)
『金魚の形をしたあられ』赤い色のやつですよね?
今でも売っています。結構好きですよ♪
Commented by elderman at 2006-01-30 06:36
あじゅるえずめさん、おはようございます。^^
「ふ菓子」ってありましたね。私はあまり食べなかったような。甘いだけじゃないのかな。あれは黒砂糖の色だったのかなぁ・・・
「金魚の形をしたあられ」、そうですね、赤い色をしていますね、まだ現役なんですかぁ、長寿駄菓子ですね。^^


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