えるだま・・・世界の国から

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2006年 01月 10日

古い記憶(8)4-5歳

(蚊帳)
日本の夏のイメージと言えば、蚊帳もその一つだったのですが、今や使う人はいないでしょう。赤ちゃんの昼寝用の蚊帳は今でも使われているかも知れませんけど、都会では蚊すらいなくなったようです。

この蚊帳は寝室の隅々に留め金を引っ掛けるところが作ってあって、割合簡単に吊ることができるのですが、(とは言っても幼児の私は見ているだけでしたけど) 朝、使い終わった蚊帳を畳むのは一人では相当難しいようで、両親が一緒に畳んでいました。

私が小学生になって蚊帳を吊ったり、畳む手伝いができるようになったときには少し誇らしい気分になったものです。

蚊帳を吊って一番の問題は、蚊帳の中に入ってしまった蚊です。この蚊を退治するまでは寝ることができません。蚊帳に入るときには相当注意して入るのですが、人間の体について入って来てしまうのでしょうか。

夏には怪談、怪談には蚊帳がつきもので、暗くなった夏の夜の蚊帳にはちょっと怖い感じがありました。これは小学生になってからのことでしょう。多分怪談映画の影響だと思います。

(どんど焼き)
お正月が終わるとやったのでしょう。田舎だからこの経験がありますが、その後引っ越してしまったので、後にも先にも4-5歳の頃の一回だけ経験しました。幼少ですからその意味などはまったく分かっていなかったと思います。覚えているのは、たくさんの不要物を山のようにして燃やしていたことと、焼いた餅を食べたことでしょうか。焚火と違って面白い匂いがしていたことを思い出します。

(建前)
最近は建て前で小銭やお餅が振舞われるというようなことはあるのでしょうか。お小遣いが大きな意味を持ち始めている子供には大変貴重な機会でしょう。私はまだ幼児でしたから、多分ぼーっとして様子を見ていただけじゃないかと思います。5円くらいは自分で拾ったかなぁ・・・ ほとんど収穫はなかったと思います。私は大きな体の小学校高学年や中学生たちの迫力に萎縮していたと思います。

(葬式)
子供にとって葬式ほど苦痛なものはないかも知れません。とにかく長いことじっとしていないといけません。面白いことは何にもないのですから、子供にとっては苦痛以外の何ものでもないでしょう。いい子にしていられるのは、せいぜい15分でしょうか。意味の分からない念仏が延々と続くという思い出しかありません。

(東京)
そのお葬式のために東京に出て行ったんだろうと思います。なにしろもの凄い田舎しか知りませんから、道路を自動車が4列になって走っているのを見たときには驚いたものです。そしてその道路を横断するなんて至難の業に思えました。当時は勝鬨橋が開閉していたと記憶していますが、間違いかも知れません。当時は市街電車(都電)が走っていました。

(鉄道)
鉄道の呼び名を両親は使い分けていたので私には理解不能だったものがあります。省線という表現、今でもよく分かりません。多分、当時の通称だったのでしょう。この頃のローカル線の鉄道というのは機関車でのんびり走っていたものです。千葉から御茶ノ水まではこげ茶色の電車が走っていました。多分10数分間隔だったのでしょうが、まるで2-3分ごとに出たり入ったりしているように見えたものです。
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by elderman | 2006-01-10 01:40


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