えるだま・・・世界の国から

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2006年 01月 05日

古い記憶(4)4-5歳

(アルマイト)
今では骨董品のような響きですが、アルミニュームにアルマイトでメッキを施したものは当時はピカピカで新鮮なものだったのでしょう。洗面器や鍋などに使われていたようです。母親が鍋で料理を作っていて、煮込んでいるのを忘れたのでしょう、鍋が焦げて底に穴が開いてしまいました。どうするのかと思っていたら、父親がリベットとかいうものを持って来て、金鎚で叩いて穴を修理してしまいました。当時はいつまでも物を大事に使ったんですね。

(金タライ)
直径が1mもあるような大きなタライがありました。普段は洗濯に使うものですが、夏になると水遊びをさせてもらえたので、親しみを感じます。今ではタライなんて持っている家はあるのでしょうか。あっても庭のどこかに放置されているのではないでしょうか。

(洗濯板)
当時、電気洗濯機なんて気の利いた代物はありませんでした。そこで登場するのが洗濯板です。この洗濯板、痩せている人をからかうのに使われた言葉でもあって、まるで肋骨のような曲線の溝が彫ってあります。その段々でごしごし洗うということです。電気洗濯機の登場は、私が小学校に入ってからのことです。

(60W電球)
夜になると当時の家はかなり暗かったものです。裸電球というのはすっかりなくなっていましたが、60W程度の電球にカサをつけて使ったものです。カサのせいで下は明るくなりましたが、天井は薄暗いものでした。80W電球、100W電球が登場したときにはずい分明るいと思ったものです。蛍光灯の登場に至っては驚きでした。

この当時のカルチャーショックのせいでしょうか、50歳を超えるまで明るいことはいいことだと信じて疑いませんでした。最近では明るいだけでは情緒がないな、とようやく思うようになったものです。

(井戸掘り)
当時の警察の派出所には水道がないので、井戸水でした。引っ越したときには性能の悪い手こぎのポンプがありましたが、水の出が悪いので、井戸を掘り直したようです。大勢の大人たちが作業をしていたのを覚えています。井戸が出来上がる頃に、一人の男性が井戸の中を何も使わずに降りていったのには驚いたものです。手足を踏ん張って降りていったのでしょう。

(井戸水)
冷蔵庫のない時代ですから、夏の井戸水の冷たさは格別です。井戸で冷やしたスイカは夏の楽しみの一つでした。井戸水は必要なときにいちいち行くのでは面倒ですから、水瓶に貯めておきます。柄杓(ひしゃく)で水瓶から水を汲んで使ったものです。

(炊事)
それまでどうやって煮炊きしていたのか覚えていませんが、この当時は石油コンロを使っていました。ご飯を炊く大きな釜には木製の大きな蓋がついていました。自動炊飯器の便利さからは想像もできないことです。

派出所の台所のある部屋には広い板の間があって、そこで朝食を食べたことを思い出しました。お客さんでもない限り、多分夕食もそこでいただいたのでしょう。残念ながら母屋の方の様子を全然思い出すことができません。

(お櫃入れ)
炊き上がったご飯は釜のまま、麦藁で作られた「お櫃入れ」(おひついれ)に入れておきます。24時間くらいはなんとか暖かく保温できたようです。当時は冷凍庫はおろか冷蔵庫がなかったので、あまり長時間放っておくとご飯が傷んでしまったものです。お櫃は、普通は木製の容器ですから、ここでのお櫃入れはお釜入れって感じです。

(蝿帳)
高温多湿の日本の夏、残ったお数は、金網で作られた蝿帳というところに入れておいたものです。今では考えられないくらい蝿がいっぱいいたんですね。べたべたした粘着物質が付いた蝿取りリボンなんてあちこちで見たものです。
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by elderman | 2006-01-05 09:32 | Comments(12)
Commented by anjoy24s at 2006-01-05 15:33 x
eldermanさん、
蝿帳ってありましたよね~(笑)。 私が覚えている蝿帳は白とか水色の蚊帳のような布製で上から被せる式のもの。 それにしてもeldermanさん、よく覚えていらっしゃる。 80W、100Wが何時出来たなんて全然記憶の中にありませんでした(笑)。
Commented by あじゅるえずめ at 2006-01-05 17:26 x
えるだまさん、こんにちは。
おととしカッパドキアでタライと洗濯板で庭で洗濯しましたよ、私(笑)
Commented by 宇宙和里 at 2006-01-06 10:46 x
新年あけましておめでごうとざいます。 ようやく自宅に帰ってきたので、えるだまさんの画像付きページを開いてみることができます^^。いや~それにしても一週間あまりでしたけど、これまでの分を読むのはたいへんそう~~。ぼちぼちと・・・。 で、幼いときの記憶をたどっておられるようですが、 湯たんぽとか、”豆炭あんか”なんていうのは、いかがですか??
何年ぶりかでこの年末年始、実家で湯たんぽ(夏休みに、タスマニア=冬=の友人宅で使って、良さを再発見!)のお世話になりました。 そしたら、母が、昔は、”豆炭あんかも使ってたね~”なんていいまして、雪の中、あんか や コタツの中の石炭(?)を 道路に捨てに出て行ったことを思い出しました。 メリケン粉っていう呼び方も、幼い頃の懐かしい言葉のひとつかな~。 私も、幼いときの影響か、たらいを買ってしまいます、(ヨルダンでも重宝しましたよ)、というか、在ったら便利だな~と頭の隅にあるのです。 井戸水は、一番美味しい飲み物だと、私は思い続けています。 その井戸も、我が家の裏に健在です。 どうぞ、今年もよろしくお願いいたします^^。
Commented by ショコポチ at 2006-01-06 13:40 x
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
ところでこのシリーズ、すごく面白いです!私は世代的にもうちょっと後なのですが、すごく懐かしいです。夫が千葉(上総)の古い家に住んでいたので(私が最初に訪問する直前まで井戸も使っていたらしい)、なんかわかる部分があります。
ということは…えるだまさんと奥様は、うちとおんなじ千葉男&静岡女のカップルなのですね!昨日見た「県民性」に関してのバラエティ番組では、日本で一番浮気に寛容なのが千葉、その次が静岡だそうです(笑)
Commented by mintogreen at 2006-01-06 17:03 x
えるだまさん、井戸以外記憶にあります。
お櫃は、好きで今でもたま~に夏になると使いたくなります。
あと、今、食事をする部屋のライトは、アンティークな傘に裸電球を取り付けているので、暗いけど落ち着きます。 今、私の周りの人たちに好まれてますね。 おしゃれだし。
この、前の記事の中で、お母さんが「落花生の葉っぱが、ネムネムしたら帰りなさい」と言われていたえるだまさん、愛情たっぷりにそだてられていた様子が感じられて、あたたかな気持ちになります。
母親の存在は、子どもにとって、お日様よりもあたたかかったのでしょう
ね。
Commented by 雪飴花 at 2006-01-06 19:29 x
はじめまして、と、こんばんは:)

心に強く残る素敵な写真が沢山ですね!!こんなところもあるんだなぁ~、と思いながら拝見させていただきました。
また来ます:)
Commented by elderman at 2006-01-06 21:59
anjoy24sさん、赤ちゃんの蚊帳みたいですね。^^
私の家にあったのは木製で金網付きのものでした。
Commented by elderman at 2006-01-06 22:00
あじゅるえずめさん、こんばんは。^^
あらま、そうですか。イラン人に聞いたら洗濯板というのはないという返事でしたが、トルコにはあるんですねぇ。
Commented by elderman at 2006-01-06 22:04
宇宙和里さん、明けましておめでとうございます。^^
今年もどうぞよろしくお願いいたします。このところ更新が低調でしたから丁度いいんじゃないですか。(苦笑) このシリーズの原稿は(7)までできていますが、湯たんぽと豆炭行火はこの次の(5)に登場します。話を先行されるとやりにくいのですが・・・ (苦笑)
Commented by elderman at 2006-01-06 22:06
ショコポチさん、明けましておめでとうございます。^^
今年もどうぞよろしくお願いいたします。世代が違うとピンと来ないかなと思って始めたこのシリーズですが、親しみを持っていただければ嬉しいです。千葉県+静岡県カップルですか、家庭に波風が立たなくていいかな。^^
Commented by elderman at 2006-01-06 22:09
mintogreenさん、こんばんは。^^
今時、裸電球というのはノスタルジックでファッショナブルなのでしょうね。
お櫃は私が間違えました。お櫃入れでした。だから、麦藁製なのです。(汗)
Commented by elderman at 2006-01-06 22:10
雪飴花さん、ようこそいらっしゃいました。^^
北欧にお住まいなんですね。近々北欧シリーズでもリバイバルでやろうかと考えております。どうぞ応援してくださいね。^^


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