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2005年 10月 06日

日本人の特殊性(32)おもいやり(2)

前置きが、大分長くなりましたが、本題はこれからでして、いよいよ「おもいやり」に触れて行きたいと思います。お気づきになられたと思いますが、この「おもいやり」も表現方法は違いますが、敬語、謙譲語、丁寧語のような意味を持っており、同様に「日本人は仲間意識も強いですが、互いに監視し合う習慣が身についてしまっている。」というところから発しているようにも思われるのです。

これは「おもいやり」を美徳と考えるものとは違います。どう思われるかということを意識した「おもいやり」のポーズということなのです。本当の「おもいやり」ならいいのですが、果たして形式に陥った「おもいやり」、他人の目を意識した「おもいやり」ではないと言い切れるでしょうか?

えっと、前回の問題提起は、日本人の美徳のひとつである「「おもいやり」」に対しての批判ではなく、「おもいやり」が日本とは違う文化的、歴史的背景を持つ外国の国の人々に理解可能かということを考えるためのものです。ヨーロッパ人の日本人とは反対の考え方も紹介いたしましたが、果たして外国人に日本人の「おもいやり」という考え方が理解されるでしょうか?

誤解のないために付け加えますが、外国人に全然「おもいやり」がないとか、日本人の全員に「おもいやり」が備わっているということを申し上げている訳ではありません。日本人の「おもいやり」と申し上げながらも、自己主張が強く自分勝手な行動が目立つ外国、特に中近東のイランの国民性を念頭に置いていることは間違いありません。

イラン人の国民性を見ていると、アラビアのロレンスという映画が思い出されます。外部では植民地化が進む中、国の中では民族紛争で明け暮れている。そんな中で民族の団結、協調を進めるのは容易なことではないはずです。中近東に来てみて、もう一度見たくなった映画がアラビアのロレンスです。

身内や、親しい人に対する「おもいやり」には、日本人と外国人でそれほどの違いはないと思います。ですから、問題はそれ以上の対象に対する「おもいやり」、配慮だと思います。日本でも、知っている人がいるかいないかで、役所の対応がかなり違うということがありますが、多くの発展途上国ではそれ以上の問題をよく見かけます。書類がいつまでも動かなかったりですね・・・・ どこかに垣根があって、その広さの問題かもしれません。

日本人って心のどこかに人間だから考えることは一緒って楽観していませんか?そりゃあ、肉親の死去で悲しまないってことはないですから、そういう基本的なところではもちろん同じです。ただ、海外においては、日常生活、仕事の進め方においてはかなりの相違に直面することが多くあります。今回は本題からは少し外れますが、その相違について触れてみたいと思います。

まず、思考方法ですが、日本人は螺旋型、西欧人は直線型と言われています。日本人は、天気のことから始まって、じわじわと本題に接近しますよね。決して天気に興味がある訳ではないのです。(笑) 相手の反応を探りながら、本題に向かうので、螺旋型って呼ばれるのでしょう。

一方、西欧人は、単刀直入が多いようです。もちろん、「ご機嫌いかがですか?」という挨拶の後ではありますけどもね。

この原因は、やはり島国と大陸という差から来ているものと思われます。言語も民族も違う大陸型では、微妙なニュアンスを伝えるよりも、目的をはっきりと伝えることが優先するからでしょう。微妙な表現を使っても、母国語の違う相手がそれを理解するとは思えませんからね。

それから、文章ですが、日本語の文章は書き手主体の文章と言われています。書き手が好きに書いて、読み手はそれを理解しようとする。これは書き手にとっては楽なものです。西欧人の文章は、読み手主体の文章と言われています。分かり易くないと、いい文書ではないのです。

日本人の文書をみると、拝啓から始まって、時候の挨拶、相手の健勝や、会社の清栄に触れて、それから「さて」で始まる前段があって、「つきましては」からが本文になりますね。そうして、最後にまた挨拶があって・・・・・・・やれやれという感じです。

一方、西欧人の文書となると、挨拶もなにもなく、いきなり本文になります。日本人にはいささか抵抗がありますが、簡潔明瞭、余分なものは何にもありません。親しい間での、またお会いしましょうとかは、もちろんありますが、友人関係でもないと、本文は極めてあっさりです。

西欧人が、直訳した日本語の文章をみたら、さぞかし当惑することでしょう。なんで、そんなこと書いているのかなってね。季節のことはいいから、なんなの?会社は無事ですよ。説明が長いなぁ・・何を言いたいの?・・・ってな具合でしょう。(笑)

という具合に相当感性も習慣も違うものなのです。根本の違いを理解して進めなければいけないのが、日本から外国に対するアプローチだと思います。ちょっと、脇道に逸れましたが、少し触れておきたかったことです。
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by elderman | 2005-10-06 17:49 | えるだま雑記【案内画面】


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