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2005年 09月 27日

日本人の特殊性(25):出る杭

「出る杭は打たれる」、集団で仕事をする日本人の間では常識でしょうか。能力のある人間が能力を出せないとしたらそれは大きな損失なのですが、日本では能ある鷹は爪を隠さないといけないようです。人間の負の精神作用である「妬み」、「やっかみ」、「嫉み」なんて煩わしいものからは逃れたいものです。

ところが日本でも「出る杭」以上のスタンドプレイを賞賛する環境はあります。スポーツ選手、タレント、ミュージシャン、アーティストたちですね。つまり完全に自分たちの世界から離れた存在とみなされればもう「出る杭」は打たれないと言えるでしょう。ですから仕事でも「出る杭」がいけないのではなくて、ちゃんと能力が発揮できるように、周囲から自分がそうみなされるようになればいいのです。要するに中途半端から抜けちゃえばいいんですよね。この辺りは日本人の面白い心の動きのような気がします。

「出る杭」をやめるか、それとも出るかは、得意な分野であるかどうか、あるいは個人の問題でしょう。調和を主体にいい仕事をするのもいいし、縁の下の力持ちというのも大事な役割です。ここではどれがいいかという議論ではなくて、「出る杭」を認めるという日本人の心の動きを見つめてみたいと思います。

みんな一緒である、同じであるという基本的な考え方が日本人同士の競争を生み、ある意味活性化をもたらしていると思います。TVのどこかのCMでも、「お隣より大きい」なんて言い回しがありました。みんな同じだという意識と、少しだけ勝りたいという日本人の微妙な心境を表したもののように思われます。

組織では仕事のやる気を促すものとして人事管理があります。ポストに優劣をつけて同期の職員の競争心を刺激するやり方です。ポストにはそれぞれの役割があり、もともと優劣なんてないものですが、そこに序列をつけて昇格したと思わせる。巧妙な人事コントロールだと思います。なにしろ余分なお金を必要としないで職員のやる気を起こさせるのですからね。組織を作るときに番号などをつけて呼ぶと、やがてはその数字の順番にポストとしての上下が付けられてしまうようです。第一ってのが一番で、第二と付いているのは二番というように、まったく実際的な意味はないのですが、人事のマジックのタネにされてしまうようです。

これらは自分たちがほぼ同じ能力であるという共通認識から来るものでしょう。そして、誰でも自尊心という心の作用によって自分はどこか少し優れているという気持ちがある。だから誰かが「出る杭」のような行為をするとそれは歓迎されない。「目立ちたがりめ」としかめっ面をされるかも知れません。そしてその行為が認められたりすると、「妬み」、「やっかみ」、「嫉み」の対象になる可能性が出てきます。多分心の底に、同じ能力なのに要領のいいやつだという批判が伴うからでしょう。

「みっともなくないように」、「出過ぎて杭を打たれないように」などと日本人というのはいつでも周囲を気にして行動しているようです。そして完全に出過ぎてしまった人はそれはそれで認知される。なんとも複雑な国民性のような気がします。スポーツや芸術以外では、政治家ってのが出過ぎたい人の典型かも知れませんね。

外国に出て仕事をすると、爪などは隠していられませんから、派手にとはいいませんが、それなりのパフォーマンスは必要になります。謙虚さも必要ですが、率直に自分の能力をみせて認知されないと仕事が始まりません。なにしろ評価されないことには人の心は動かせませんからね。私はできそうもないことをできると大見得切るのは大嫌いですから、どこまでやれるか分からないような場合にはちょっと苦しいですね。

イラン人相手の場合は、かなり知的水準が高いので、大風呂敷などのスピーチはあまり効果がなく、個人の能力の方が評価されるようです。チームワーク、協調心がまるっきりない国民性ですから、必然的に個人の能力が注目されるのでしょう。イランでは「出ない杭」は捨てられるかな・・・ いや、これは世界中でそうだと思います。

チームワークの日本人ですが、どこまで世界で通用するでしょうか。文化、習慣から来ているのでこれを他の国に移植することは至難の業に思えます。逆に言えば、それ故に日本はこれからも長く先進国でいられるかなぁ・・・ 
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by elderman | 2005-09-27 11:30 | えるだま雑記【案内画面】


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